日記・コラム・つぶやき

2017年9月16日 (土)

(282)尊厳死協会

先日の誕生日に、日本尊厳死協会に入会届を出したところ、折り返し会員証が届きました。

会員証には次の3点が書かれています。

 

 私の傷病が、現代医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると判断された場合には、ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命措置はお断りいたします。

 ただしこの場合、私の苦痛を和らげるためには、麻薬などの適切な使用により充分な緩和医療を行ってください。

 私が回復可能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った時は生命維持装置を取りやめてください。

 

担当医がはたして不治の状態であると判断してくれるのか、一抹の不安はありますが、この歳になれば、無駄な治療は受けたくない、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)を優先したいというリビング・ウィル(生前の意思)を、まず本人がきちんと示しておくことが、身内の者にとっても必要であろうと思いました。

 

昨年、橋田寿賀子さんが、私は安楽死で逝きたい、とエッセイを発表したことから、安楽死が話題となりましたが、尊厳死協会の長尾和宏副理事長によると、日本では安楽死はおろか、尊厳死も法的にクリアされていないといいます。リビング・ウィルを認めていないのは先進国では日本だけだそうです。なぜか。

 

ドイツ文学者の池内紀さんが「すごいトシヨリBOOK」(毎日新聞出版)というおもしろいエッセイを出しましたが、日本人の医者や医学への過大評価は信仰と言ってもよいくらい。人間は本来自分を治癒する力をもっており、自分の体は自分が一番よく知っているはずなのに、医者にすがろうとする。数分診察したくらいで正しい診断ができるわけがないと、明快です。

 

高度な医学で治そうとすると、患者は非常に苦しむことになる。歳をとってからの病気は治そうとしてはいけない、手術は止めましょう、と言ってくれる医者こそ信頼できるが、大きな設備を持っている大病院の医者が言うわけがない、と書いています。長尾さんは医者だから、なぜ日本では尊厳死を認めていないかハッキリとは言わないが、池内さんはズバリ、医学界が儲からなくなり反対するからだと。健康診断も必要なし。歳をとれば悪いところがあって当然、わざわざ悪いところを見つけてもらいにいくことはない!と。同感だなあ。

 

この池内さんの本は、尊厳死協会入会後にたまたまネットの書評を読んで買ったものですが、彼も尊厳死協会に入っていると知り、ハタと膝を打ったものです。

結果、少しでも日本の医療費を減らすことになれば、気持ちだけでも若者に報いることができますしね。

 

 

2017年9月 8日 (金)

(281)Fさんを悼む

9月がスタートする1日の朝、未明にFさんが亡くなったという知らせが届きました。まさか・・・。819日のコンサート会場で会い、数日前に電話もしたばかりなのに・・・。Fさんは、筆者よりもずっと長く拉致被害者の救出に取り組んできた仲間。ちょうど1週間が経ち、ことの経緯が分かってきました。何と・・・・自死だったのです。

 

Fさん。あなたが亡くなる日に梱包したと思われる段ボール、配達指定された水曜日に、確かに受け取りましたよ。そこには、あなたが長年、精魂込めて収集した拉致被害者や拉致問題に関する膨大な資料を収めたCD、それを編集し128ページの冊子にした資料集(これは19日に手渡ししてくれました。)10数冊。そして何も書かれていない未使用のノートなど。最期に及んで何を想ったか、考えたかは、残念ながら一行も書いてありませんでした。

 

その資料集は、8月に完成したばかり。表紙には、あなたがいつもその意味を我々に説いてくれた漢詩「天莫空勾銭 時非無范蠡」とその意味が書かれています。

 

天(てん)勾銭(こうせん)を空(むな)しゅうすること莫(なか)れ

時に范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず

 

あなたの解釈は、

(天は勾銭<中国春秋時代の越王>に対するように、決して拉致被害者をお見捨てにはなりません。きっと范蠡<越王勾銭に仕えた家臣>の如き武士(もののふ)が現れ、必ずや皆様をお助けするでしょう。)

 

ここ何年かは、真冬以外は、この漢詩をプリントしたTシャツを着て、資料を配布し、マイクを持っては、街頭を行く人に拉致被害者の救出を訴えていましたね。しかもその活動範囲は北海道から沖縄まで、活動や集会があると聞くと、優に50キロ以上はあろうという荷物を両手に下げて日本全国を回っていました。誰もまねのできない、Fさんの仕事でした。

 

しかし、今となってようやく、あなたがどれほどの孤独と闘いながらこの仕事と取り組んでいたのか、を思い知りました。私たちに語っていたあなたの生業も、2年前には辞めていたと聞きました。つまり、2年前から、自ら期限を切った人生を生きてきたのですね・・・。

 

私はあなたの仲間ではあっても、友人ではなかったことを悔やんでいますが、おそらくその意味での友人はひとりもこの世にいなかったようにも思います。間違っていたらごめんなさい。

 

あなたが資料集に(菊水版)と書いた思い。人生をかけた1冊を私たちに残したということが、あなたの「菊水作戦」だったのですね。

 

還暦前という若さですが、私は立派な人生だったと思う。「長く生きればいいわけではないよね。何を残せたかが大事じゃないのかな。」と言うあなたの声が聴こえます。これからずっとあなたの死を、考え続けていくことになります。       合掌。

 

 

 

2017年9月 3日 (日)

(280)誕生日に

73回目の誕生日を迎えました。頗るとはいえないまでも、まあまあ元気でこの日を迎えられたことはありがたいことだと思います。

 

プレバースデーの昨日、五嶋龍さんと大阪大学交響楽団による“拉致被害者を忘れない”スペシャルコンサートを聴きに行きました。曲目はベルディの「運命の力」序曲、チャイコフスキーの名曲「弦楽セレナーデ」と「ヴァイオリン協奏曲」の3曲。どれも1200人の聴衆を魅了する力演でしたが、やはり龍さんがソリストを務めた「ヴァイオリン協奏曲」は素晴らしかったです。

 

阪大の諸君は、演奏だけでなく、拉致問題についての勉強もしたそうで、パンフレットに外国語学科朝鮮語専攻の渡辺さんが「拉致問題の現状」という一文をわかりやすく紹介していました。50数年前、筆者も合唱団のサークルで、音楽と社会との関りを真剣に議論したことを思い出します。好きな音楽を自分たちだけの楽しみに終わらせず、社会に受け入れてもらい、考えてもらえる音楽が必要だと議論をしていました。阪大の諸君が龍さんの呼びかけに応えて、拉致被害者のことを勉強し、昨日のコンサートを成功させたことは貴重な経験だったと思うし、きっと将来につながるものと思います。

 

龍さんは、演奏後マイクを握り、今回のプロジェクトについて簡潔に説明し、会場に向かって今日から拉致被害者のことを思い、何かできることをやりましょう!と語りかけてくれました。そして最後にアンコールに応えてドボルザークの「我が母の教え給いし歌」を弾いてくれたのですが、北朝鮮にいるめぐみさんへの想いを込めた選曲だと思うと涙なしには聴けませんでした。

 

そして今日、誕生日を迎え、多くの人と手を携えて、残りの人生を悔いなく生きることを心に誓いながら、街頭署名活動をしていたら、北朝鮮が核実験を行ったというニュースが流れました。よくもやってくれたな、と怒りを覚える一方で、北朝鮮こそ追い込まれ墓穴を掘っている、この無法国家との闘いこそが日本人を覚醒させるのだと思い直しました。

 

「我が母よ、さらなる勇気を我に与え給え!」

 

 

2017年8月27日 (日)

(279)往く夏に

前日の豪雨で開催が危ぶまれた秋田・大曲の花火大会は、関係者の徹夜の作業で会場内の整備ができ、昨夜は快晴の空に見事な花火が打ちあがりました。日本一の花火を一度は観たいものと大曲まででかけたのはもう8年前。そのときは帰宅してからテレビの再放映を観て、「テレビでは少しも美しくない」と日記に記しています。昨日会場で観た人たちの興奮やいかに、と思いました。帰り道、大混雑で5時間もかかって「つなぎ温泉」へ着いたのは深夜2時半だったことも懐かしい思い出ですが・・・。

 

その昨日は、びっくりするほど涼しく凌ぎやすい一日で、夜もエアコンを使わずに済みました。今日以降はまた猛暑日が予報されていて油断はなりませんが、徐々に秋へと移っていく節目が昨日だったと感じます。

 

この夏の印象に残ること・・・。

 

この夏は出かけることが多く、あまり読書もできなかったのですが、行き返りの電車で読んだ百田直樹の「海賊と呼ばれた男」は評判通りでした。5年前に単行本が出て、大ベストセラー、昨年には映画化もされたのですが、なぜか天邪鬼なものですから、ブームが終わった今ごろになって文庫本を買いました。出光興産の創始者出光佐三を描いたノンフィクションに限りなく近い作品ですが、「終戦直後のあの時代、皆が下を向いていたときに、とんでもないことをしでかした男たちがいたという驚き」という、映画化した山崎貴監督の言葉に尽きると思います。

 

出光についての関係書はたくさんあるわけですが、百田直樹は当時あたかも出光佐三の側近だったかのように、モデルとなった国岡鐵造とその部下たちをいきいきと描いています。「永遠のゼロ」で示された彼の力量をあらためて感じました。今の混とんとした日本に生きる読者は、この本から有無を言わさぬ形で、日本人のあるべき姿と勇気を感じ取り、本の評判を広めていったのだと思います。本屋大賞をとったのも当然といえば当然で、筆者も自分自身、まだ歳云々をできない口実にしてはいけないと自戒しました。

 

「今、日本はいい国ですか?」と呼びかける宣伝ビラ・・・知人から勧められて観に行った「流れる雲よ」という舞台劇にも深くこころを揺さぶられました。敗戦間近の知覧基地での特攻隊員たちを描いた作品。突然ラジオが2017年の未来からの電波を受信し、まさに特攻出撃の前日に日本の敗戦を知ってしまう。動揺しながらも、小隊の全員が未来の日本のために命を捨てることをあらためて決意し、出撃していく・・・。

 

商業演劇ベースには乗りにくい作品ですが、「劇団集団アトリエッジ」という初めて聞く劇団が、支援者たちとともに20年間も上演し続けているという事実に感銘を受けました。主人公が「今、日本はいい国ですか?」と問いかけるエンディングに、観客はそれぞれが今の日本に思いを巡らせ、自らの生き方を見つめ直したと思うし、俳優たちの輝く瞳と爽やかさ、半端でない全力投球の演技は、散華された若き特攻隊員に充分応えられるものであったと思います。思いのほか若い観客が多かったことにも希望を感じることができました。

 

 

 

2017年8月20日 (日)

(277)北朝鮮のめぐみさんへ

昨日大阪OBPの円形ホールで、「拉致被害者救出の願いを込めて 北朝鮮向けラジオ放送『ふるさとの風』と『しおかぜ』共同公開収録」という催しがあり、大阪ブルーリボンの会で制作したピアノとソプラノ・テノールのトリオによる「めぐみ~愛しき我が娘(こ)」の演奏が、初めて電波に乗って北朝鮮へ放送されました。

作詞者の筆者は司会に促されて曲の紹介を次のように述べました。

 

会場のみなさま、そして北朝鮮で放送を聴いてくれている拉致された日本人のみなさま。私は大阪で13年間、救出のために取り組んできた者です。

 

これから演奏する曲「めぐみ~愛しき我が娘(こ)」は、横田めぐみさんとお父さん滋さんとの心の交流を表現したもので、私の拙い詞に曲をつけてくれた中瀬あやさんは、

最初にピアノの前奏で、拉致されていくめぐみさんの恐怖と拉致の残酷さを表現し、

続けて父と娘の愛情あふれる対話を、ソプラノとテノールが歌い、

最後に必ず再会して普通の生活を取り戻そうという願いを二重唱で歌い上げるという、スケールの大きい曲にしてくれました。

 

北朝鮮にいる横田めぐみさん、拉致被害者のみなさん。この曲を聴いて日本に帰る日が来ることを信じて待っていてください。

今日は大阪で活躍している三人の音楽家がボランティアで演奏してくださることになりました。心から感謝しています。

 

同じ高校の同窓生で作り上げたこの曲が北朝鮮に生放送され、感無量のひとときでした。三人の演奏も気持ちの入った素晴らしいもので、聴いていて涙をぬぐう方もおられ、会場から大きな拍手をいただきました。

 

 

2017年8月10日 (木)

(276)神道の一年祭

高校の同期生であるH君の一年祭にお参りしてきました。昨年の葬場祭(お葬式)から、早や一年。本当にもう一年が過ぎたのかと感慨を覚えながら。

 

仏教では故人が成仏するよう、極楽浄土へと送りますが、神道では故人の御霊をその家にとどめ、家の守護神となってもらうという、仏教とは大きく違う考え方に基づいているそうです。仏教伝来以前からあった八百万の神への信仰をベースにした日本固有の儀式なんですね。

 

一年祭についても儀式を執り行う神職の方が、とても丁寧に説明してくださいました。つい最近参列した仏教の一周忌では(仏教でもお坊さんの質によるのでしょうが)、ただ15分ばかりお経をあげて、お坊さんはさっさと帰ってしまわれましたが、ここでは、神職の方が、最近ご自身の親を送った話をされ、H君の奥さまにねぎらいの言葉をかけ、参列者には、御霊にお祈りを捧げて、これから見守っていただきましょう、と話されました。とても温かい、また清々しい想いがしました。

 

自宅での儀式のあと、お墓にも参拝しましたが、墓石には「夢」という字が彫られ、墓石の前には、故人が愛用したパソコンとマウスをかたどった石の彫り物が置かれていました。遠くへ行ってしまうのではなく、近くでパソコンをしながら、見守っているよ、という彼のメッセージのようでした。神式は何だか自由で、おおらかで、いいな、と思いました。

 

終わった後、一緒に行った仲間たちが遠来の筆者をねぎらう企画を立ててくれ、久しぶりに箱根で一泊し、とりとめない話を楽しみました。それぞれが人生最後の直線を走っている自分を思いながら。H君のおかげでこうして集まって歓談しているのに、この場にH君がいたら、どれだけ楽しかったかとつい矛盾した思いに囚われましたが、きっと、彼も一緒にいてくれたのかもしれません。合掌

 

 

 

2017年7月30日 (日)

(275)安倍さんの政治(3)

当ブログは拉致問題、憲法改正方針を中心に安倍政治への批判を行ってきましたが、ここにきて内閣支持率が一挙に30%台へ急降下してきました。政権復帰から4年目を過ぎたつい最近まで5060%という歴代内閣に見られない高支持率でしたが・・・。安倍一強体制に何が起こったのか。その主因はどうやら「慢心」と「女性問題」のようです。

 

きっかけは今年の春先から世間を騒がせた「森友学園問題」。私立の「愛国教育」を標榜する小学校建設のために、国有地が不当に安く払い下げられたという。その小学校の名誉校長に、首相夫人の安倍昭恵さんが就任しており、生徒募集に首相の名前も使われていたといいます。そのためか、財務省、近畿財務局がこの学園に便宜を図ったのではないかという問題。

 

この昭恵夫人、自民党の方針に反するように、脱原発を標榜するミュージシャンと交流したり、「大麻解禁論」を主張したり、自ら小料理店のオーナーとなったりと実に奔放。いままた国会で問題とされている「加計学園疑惑」でも、安倍さんと加計学園理事長らの飲み会の写真をフェイスブックに投稿し、「クリスマスイブ・・・男たちの悪だくみ(?)」とタイトルをつけるなど、およそファーストレディの行状とは思えない。

 

安倍さんお気に入りの稲田防衛大臣。さまざま問題を起こした挙句、内閣改造の1週間前というタイミングで先週辞任しました。(しかも、防衛省の事務次官、陸上幕僚長も道連れに。)未来の首相候補として育てるために、ほとんど防衛に関しては無知な彼女を大臣にしたうえ、問題を起こすたびに、かばい続けた結果ですから、安倍さんへの国民の信頼はガタ落ちとなりました。特に中年女性層からの反撃が高いそうで、目玉政策に「女性が輝く社会」をブチ上げた安倍さんでしたが、その女性に足元をすくわれた格好です。

 

夫人の「放し飼い」も、稲田氏寵愛も、首相自らの慢心からでたことだと思います。取り巻きたちにも、陰で批判はしても、諫める人がいなかったわけで、結局、独裁的な政治になっていたということではないでしょうか。野党第一党の民進党が、これまた女性党首が辞任するという体たらくで、これまでも安倍さんへの批判が、野党支持に回らないため、慢心が慢心を生んでいたことも傷を深めることにつながったと思います。

 

防衛大臣と、次期自衛隊制服組のトップである統合幕僚長と目されていた陸幕長の辞任で、大きな空白が生じた金曜日の夜、皮肉にも北朝鮮がアメリカ本土にとどくICBMをぶっ放しました。もはや日本の防衛を安倍さんには任せておけなくなったという象徴的な夜だったと思います。

 

安倍さんが生き残る道はただひとつ。美辞麗句を弄するのではなく、結果を出すこと、これに尽きると思います。

 

 

 

2017年7月23日 (日)

(274)暑中お見舞い

いくつになっても無知を白状することになりますが、土用とは夏のこととばかり思っていました。土用とは、「土旺用事」の略で、陰陽五行説で春・夏・秋・冬を、木・火・金・水とし、余った「土」を、各季節の終わりの18日間に当てはめたことから、立春・立夏・立秋・立冬前の各18日間を「土用」という、とあります。つまり立秋前の18日間を夏土用というわけで、今年は719日が土用の入り、今は夏土用の真っただ中です。

 

夏土用を暑中と呼び、この間に暑中見舞いを出す。夏土用の三日目が晴れると豊作、雨が降ると凶作だそうで、この豊凶占いを「土用三郎」というらしいのですが、土用三日目の721日は、ほぼ西日本では猛暑でしたが、九州北部などは集中豪雨で、吉凶が分かれたということになるのでしょうか。

 

ちなみに豊凶占いには、他に天一太郎、八専二郎、寒四郎があり、合わせて農家の年中の四厄日という、また土用中に、土を犯すことは忌むべきこととされ、葬送などは、この期間は延期された・・・など、昔の風習は興味深いことです。

 

暑気払いを兼ねた「懇親ビアガーデン」なるイベントを4年前から町内で始めたのですが、昨日がその日でした。今年は筆者に代わって幹事を務めてくれたYさんが「ビールサーバー」なる新兵器を導入してくれたおかげで、本格生ビールをいただきました。普通のビールより3割ほど高いらしいのですが、その値打ちは充分にありましたし、Yさんは得意の手料理も振舞ってくれ大好評でした。こうした隠れた人材の発掘も嬉しいことです。

 

最高齢は88歳から、下は43歳まで、平均すれば年配者が多いのですが、差し入れのウィスキー、焼酎、ワインもすべて飲み干して、実に5時間も談論風発が続いたのは4年目にして初めてでした。初参加の人も誰彼なくすっかり打ち解けている様子をみていると、特に男性にとってアルコールの効用はやはり凄いと思いました。新たな出会いがまた町内に新風を吹き込んでくれそうで、わが町内の土用の吉凶占いは大吉ということになったようです。

 

末筆ながら、みなさま暑中お見舞い申し上げます。

 

 

2017年7月15日 (土)

(273)五嶋姉弟、母の思い

五嶋みどりさんが理事長を務めるNPO法人ミュージック・シェアリングの活動のひとつが、ICEP(international community engagement program)で、日本はじめアジア各国の恵まれない子どもたちに本物の音楽を届ける活動です。8回目として、昨年はネパールを訪問した報告会が、先月ありました。

 

今回のカルテット・メンバーは、みどりさんのほか、アルゼンチン、中国、イスラエルの演奏家で構成されていますが、彼ら(ビオラのルオさんは女性ですが)は若手のソロ・プレイヤーとしていくらでも仕事があるのに、わざわざみどりさんのオーディションを受け、ボランティアで参加している。彼らがいかにみどりさんの活動を敬慕し、参加したがっているか、そう考えるとICEPは、子どもたちに音楽を聴かせること以外に、彼ら若手にどんな演奏家になってほしいか、みどりさんの思いが秘められているのだと思います。

 

報告コンサートでは、ヒナステラ(アルゼンチンの作曲家。初めて名前を知った。不協和音もたっぷりだが、ラテン音楽らしい多彩な音の組み合わせ、リズムに圧倒された)、ドヴォルザーク、シューベルトの弦楽四重奏曲が披露されました。一級品のカルテットを小ホールで堪能する。何と贅沢なことか、来年もぜひ楽しみにしたい。

 

さて、みどりさんの異父弟、同じくヴァイオリニストの五嶋龍さん。

彼もみどりさんに負けずとも劣らない音楽家であること知りました。

 

“拉致被害者を忘れない”をテーマに、この秋全国6か所でチャリティコンサートを行うのです。その名も、Project R 。Rは、拉致被害者、RememberRyu を指す。

 

政府の拉致問題対策本部から、大阪でのコンサートについて連絡があり、協力を依頼されました。92日、大阪大学交響楽団との共演です。もちろんできることはなんでも、と答えたのですが、前売チケットは即日完売、前もって情報提供しておいた大阪ブルーリボンの会の会員でも買えない人が出る始末。ネームバリューの凄さをあらためて知りました。

 

龍さんがなぜこのプロジェクトを思い立ったか。この世で最も恐い母(五嶋節さん)が、僕の傍らで瞼を拭うのは、めぐみちゃんとお母様のことを想うときのみであった、と彼は書いています。母の姿を見て「拉致」についてできることはやろう、と心に決めていたといいます。

 

しかも、今回のプロジェクト6回のうち4回は各地の大学のオーケストラとの共演という形を思いついたのは、“if you see something, say something ”という、ニューヨークの地下鉄の広告にヒントを得たという。自分と同じ世代の若者と何かを成し遂げようという思いに。

 

しかし、「拉致啓発コンサート 大学尻込み」「『政治色強い』と共演辞退も」との見出しで昨日の産経新聞がこの間の事情を伝えています。龍さんが昨年末に共演を呼びかけたところ、約40校が関心を示し、2月の打ち合わせには18校が集まった。ところが、コンサートが拉致問題の啓発目的だと伝えると、ほとんどの学校が手を引いた、とある。残ったのは、

関西学院大、宮城教育大、(医療系大学生による)交響楽団はやぶさ、そして大阪大の4オーケストラ。これが日本の現実です。

 

しかし、4楽団が龍さんの思いに応えたことを称賛したいと考えます。また、逆説的ですが、もし40校が龍さんとの共演を求めてきて、調整に苦労するような日本の状況なら、実はとっくに拉致被害者は帰ってきており、龍さんがこうした企画を考えることもなかったといえるかもしれません。

 

五嶋みどり、龍という天才ヴァイオリニスト姉弟を育てたお母さんは、真の芸術は、聴く側のさまざまな思いを理解しなければ生まれないとお考えなのか、それは想像するしかありませんが、二人のお子さんは母の思いを体現されているのだと思います。横田早紀江さんの思いを、涙なくして聴けない人間を、今の日本が失いつつあるという現実をかみしめながら、「限りある身の、力試さん」と思ったことでした。

 

 

 

2017年6月23日 (金)

(270)この一週間

金曜日。

ご近所の、地域活性化活動の同志であるTさん(元大学教授、同じ歳)が出品されている写真展を観に行く。大半が自然の風景、鵜飼などの行事を写したもののなかで、Tさんの作品は、インドの市井の人々を対象にしている。「下町の人たちの貧しい中でも明るい笑顔と力強さに感銘を受けた」という、Tさんの思いが伝わってくる。

 

土曜日、日曜日。

二日間、某資格試験の仕事に従事する。一日20人、各12分間、受験生と真剣勝負の問答。歳を重ねるにつけ疲労の度合いが増してくるが、それぞれの人生の一コマに立ち会える充実感は変わらない。終わって東京から応援に来た知己の委員と久しぶりに一献、楽しい限り。

 

月曜日。

やっと休日。この前の署名活動のとき、会員間で署名のもらい方で意見の違いが生じ、途中で泣きながら帰ってしまった婦人会員のことが気になっていたので電話する。「あなたのやり方は執拗すぎる、会の品位をダメにする」と注意され悔しくて泣けてきた、あとで私も大人気ないことをしたと反省しました、と。今度もまた行きます、と言われホッとする。政府が何もしないことが、現場での焦燥感につながっている。

友人に紹介された「ミュータント・メッセージ」という本を読む。この本のことはまたあらためて書きたい。

 

火曜日。

町内の月例映画会の日。往年の名作、「カサブランカ」を上映。何度見ても良くできた映画だと思うが、何とこの映画、制作過程では、撮影が始まってからも最後の結末が決まらず、二人の脚本家が苦労したという。ヒロインのイルザを、夫のラズロと恋人のリック、いずれと脱出させるかがなかなか決まらなかった・・・。名作の裏にある意外な真実。

終わってから、大阪に出かけて、五嶋みどりさんと仲間たちの「ネパール/日本 活動報告コンサート」に行く。相変わらず魂のこもった演奏会。毎年6月の楽しみである。これもまた稿をあらためたい。

 

水曜日。

ボランティアの事務所に週一回の「出勤」。署名数が落ちてきている原因と対策、合わせて年後半の活動構想、次の日曜日に予定している某国会議員との懇談内容について、などを話し合う。

先月、結成された「特定失踪者(拉致濃厚な方々)家族会」への緊急特別カンパを会員に呼びかけているが、現在70人ほどから協力があり、40万円ほど集まっているとのこと。いまこそ物心両面のサポートが必要と考えて提案したものだが、応えてくれる会員の尊い志に感謝でいっぱいだ。

 

木曜日。

疲れているし、前夜は迷っていたが、朝起きたらいいお天気だったので、頑張ってグラウンド・ゴルフに出かけた。成績は4アンダーの68。ホールインワンなしで68は悪くないが、順位はちょうど中ほど。参加者22名。最高齢は88歳!筆者より高齢の方ばかりだが、みなさんお上手。

終わってから午後、集会所で「書道を楽しむ会」例会に。3月から月2回、近くの住宅地から先生に来てもらって始めたが、1時間半ほど、筆を持つことはなかなか貴重なひとときである。おおらかな先生で、たくさん手本を書いてくださり、太字、細字、楷書、行書など何を書いても良いという。今日は先生が自作の落款をみんなにプレゼントしてくださった。もう途中で止めるわけにはいかなくなった!?

 

おかげさまで充実した一週間でした。

いよいよ梅雨本番らしい。皆さま、ご自愛のほど。

アップ寸前に、海老蔵の奥さまが他界された由。合掌。

 

 

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