日記・コラム・つぶやき

2018年1月17日 (水)

(296)23年前

23年前の今日、117日早朝、奈良でも大きな揺れを感じて目が覚めた。家じゅうがギシギシと揺れ、「家よ、頑張って持ちこたえてくれ!」と一心に祈っていた。後に「阪神淡路大震災」と名付けられた大地震の体験だった。早めに家を出て会社に向かうが、電車は動いてはいるものの運転本数を絞っており、なかなか乗れない。大きな余震が来て、駅のホームが不気味な音をたてるなか、ようやく普通電車に乗れたが、難波まで1時間半くらいかかった。忘れたくても忘れられないあの朝のこと・・・。

 

半年後には神戸支店へ転勤となり、仮店舗での営業を強いられた。初めて体験することだらけであったにしても、今もなお当時の自分の未熟さ、不十分さを恥じる気持ちにかられることがある。一瞬にして家族を失い、人生の絶望の淵に立たされた人々の苦悩は、23年経とうが少しも変わらず、哀しみが癒えることはないだろう。それを言い訳がましく口にしないと心に刻み、生きてこられたにちがいない。震災を知らない世代が増え続けるなか、今朝の追悼の場では「伝える」という言葉が竹ローソクで形つくられていた。

 

そうだ。語り継がねばならないことは拉致問題も同じである。

 

去年、仲間が政府に提案して始まった中高生対象の「北朝鮮人権問題を考える作文コンクール」が、2年目の今年はもうやらないというのである。「いいアイディアだ」と担当大臣がすぐ承認してくれたと、去年の今頃確かに聴いていた。結果は全国で94校の応募、作品数1915点であったとのことだが、これで満足したのか、あるいはあまりに少ない応募数にガッカリしてしまったのか・・・。お役所のする仕事は、結果は求められない、やったという事実だけでOKということか。

 

地球で生活する以上、自然災害は避けられない。しかし、拉致被害者は北朝鮮の国家犯罪で奪われたのであり、さらに言うとこの事実を知りながら隠ぺいした日本政府のせいで被害者を増やしてしまったことなのだ。この人災は、国民の意思さえしっかりすれば防ぐことができる。すべての国民にこの問題の真実を知ってもらわねば、被害者とそのご家族の無念は晴らせない。

 

震災の犠牲者は残念ながら取り戻すことはできない。しかし、拉致被害者は今も北朝鮮に囚われている。国家の指導者が本気で取り組めば取り戻すことはできるのだ。

 

 

2018年1月 7日 (日)

(295)新春に、星野氏逝く

平成30年の新春を迎えた。今年は、学生時代の友人夫妻が奈良に来てくれたおかげで、薬師寺、唐招提寺、春日大社、東大寺と、名だたる寺社で初詣ができた。薬師寺ではこう教えられた。何をお願いしても良いが、まず「私も努力しますので」と最初に一言加えること、と。なるほど。薬師寺はサービス精神旺盛だ。薬師さんの前で、僧が交代でこうしたミニ講話をやっている。

 

「私も努力しますので、ピンピンコロリでお願いします!」と願いをした。

つまり、できれば死の直前まで何かして働いていたい、と。

 

20年余り前、教えを受けた田舞徳太郎師の年頭のメールには、「歳月を 重ねて生きて 今思う 二度なき世をば さらに励まん」とあった。生きることは学び続けること。心していきたい。

 

今年は18歳の人口が再び激減し始め、少子高齢化がいよいよ加速することを実感する年なのだそうだ。「働き方改革」、「女性活躍社会」など、スローガンがやたら叫ばれるが、どんな政策をとったとしても、もはや手遅れのように思う。「人々が集まり住むコンパクトな町づくりや、仕事の総量を減らすなど“戦略的に縮む”発想が求められる(産経新聞河合雅司氏)」と書かれていたが、これもイメージだけで実現性は伴わないだろう。

 

昨日6日、「人口減少社会と地方再生」をテーマに開催された土光杯弁論大会では、「高齢者の負担を増やし、必要以上に社会保障制度に甘えている現状を打破し、『働かざる者、食うべからず』の原則で、正直者がバカを見ない公正な制度に」と訴えた女子高校生が優勝したという。もっともなことである。心ある政治家は、わがままな高齢者が日本を滅ぼす、とハッキリ主張すべきだろう。明日は成人の日だが、若い世代のこれからの苦労は並大抵ではないだろう。

 

新年早々、元プロ野球監督の星野仙一氏が亡くなった。70歳での死で、「あまりに若い」、「まだ道半ば」と惜しむ声も多いようだが、野球人として素晴らしいキャリアだったし、「昼寝をしているように亡くなった」という亡くなり方にも筆者は羨ましくさえ感じる。70年は少しも短くはない。人生、時間ではなく、内容だ。

 

朝日新聞は、「慰問を止めさせた、本当の優しさは・・・」との見出しで、楽天監督時代のことを報じている。東日本大震災の被災地を慰問して回る選手たちにこう諭したそうだ。

 

「選手全員に『お前らの優しさは十二分に被災者に伝わった。でも、強さを伝えないと本当の優しさは生まれない。Bクラスばかりじゃ子どもたちは悲しむ。今年は強さを証明しよう』とげきを飛ばすと、選手の目の色が変わった」

 

星野氏自身の言葉である。そしてこの年、楽天は日本一に。一般に星野氏は「闘将」と呼ばれるが、選手はもとより、その家族、スタッフ、裏方さんの士気までも高める才を持っていた。「名将」と呼ばれるべきであろう。わが阪神タイガースを長期低落から救ってくれたのも星野氏であった。感謝。合掌。

 

 

2017年12月31日 (日)

(294)年末雑感

「平和」な年越し。少なくとも公共放送NHKを観ている限りは。ゴールデンタイムに流れるニュースのトップを見るがいい。12月は大相撲力士の暴力沙汰の後日談か、パンダの子がどうなった、紅白の出演順が決まった等々、いわゆる「三面記事」で占められている。(こうしたニュースには決まってNHKが取捨選択した「町の声」なるものが付け加えられる。)日本海には大量の北朝鮮の漁船が流れ着いているというのに。韓国は2年前の「慰安婦問題」に関する日韓合意を実質破棄したというのに。

 

こうしたメディアの報道姿勢と「町の声」は、中国は(北朝鮮も)リアルタイムで見ている。その中国に、自民党の二階幹事長が揉み手をしながら出かけていく。二階氏と手を組んだ安倍首相は、仕事納めが終わった29日にはもう身内とゴルフに興じている。第2次政権以降5年間、拉致被害者の家族に約束し続けている被害者の救出など彼の頭の中にはすでにない、ということを如実に表している。二階氏は来年の総裁選挙は無投票でいいのではないかと言い始めた。二階氏と阿吽の呼吸で政治を牛耳ろうとしている安倍氏の変身と劣化はひどいとは思わないか。金正恩が日本に拉致被害者を返すことは残念ながらありえない。

 

いけない。いつもと変わらない「ごまめの歯ぎしり」になってしまった。何か明るい展望はないか。先日、貴乃花親方ガンバレと書いたが、その気持ちは強くなってきた。彼は何とか相撲道の精神性を守ろうとし、外人力士のカネ儲け至上主義相撲に対して孤独な闘いをしているように思われる。理事会は全員一致で彼の理事解任を決めたそうだが、動じることはなかった。長い目でこの決着を見届けたいと思う。日本人の覚醒につながるものとして。

 

カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」を読んだ。彼の小説は本当に奥が深くて、一度通読したくらいでは何ともならないが、何だか惹き込まれていく。読んでいる自分も孤児そのもののように思えてくる。人間は自分のやっている仕事が何とか成功するよう必死で生きている。しかし、その仕事が(あるいは生き方が)世の中からみたらどう評価されるのか、に気がつくのはずっと後になってからである。彼の人間観はそこにあるようだ。

 

国も一緒だという。生き残るために、ファシズムなどかつての悪を受け入れてしまったことを都合よく忘れていく。あるいは忘れたフリをする。以前、ヒトの生存のため、脳は悪い記憶は忘れ、楽しい記憶だけが残っていくようにプログラミングされていると読んだことがあるが、国ともなれば自国本位になることが他国への不信はもとより、他からの憎悪を受けることにつながっていく。人間も国も、諍いや争いを宿命だと諦めるのではなく、自らの考えや行動が他からみればどうなのかという視点を忘れないように努力する。文学の役割はそこにあるというカズオ・イシグロの思想を知っただけでも、今年を生きた意味だと考えよう。

 

皆さま、良いお年をお迎えください。

 

 

2017年12月16日 (土)

(293)北朝鮮、侮るなかれ

金永煥(キムヨンファン)氏の講演を聴いた。かつて韓国で左翼運動をリードし、北朝鮮に密入国して金日成に会うなどしたが、その後北朝鮮における強制収容所の実態を知ったことから自らの誤りに気がつき、転向。今は逆に北朝鮮の民主化のための活動をしている。現在の金正恩と北朝鮮について以下のように語った。

 

2012年からこれまで6年間の金正恩時代、それまで(金正日政権)の賄賂や不正が横行し、統制が利かなくなっていた時代に比べ、朝鮮労働党と行政のシステムを立て直し機能させてきた。経済的にも社会主義を捨てて資本主義を導入した。今や配給場所も撤去してしまったという。

 

こうした転換が成果を上げ、近年食糧生産は500万トンに届くようになり、餓死者が出る300万トン以下の水準から大きく改善した。中国からの肥料のおかげもあるが、生産システムの変更が奏功したと言える。

 

市場経済を保護し、拡大奨励しているので資本家と国家の信頼関係が生まれている。最近完成した高層を含む40棟のビル群も、国家ではなく民間資本で建てたものだ。

 

今の北朝鮮の政策を表現する「二敵二改(開)」という言葉がある。「二敵」とは、外の敵、つまり米帝と南朝鮮との闘いと、内なる敵、つまり体制を脅かすものと妥協なく闘うことであり、実際、この方針により実の叔父でも粛清してしまった。「二改(開)」とは、文字通り改革開放であり、外から資本を入れていくことである。一見矛盾する政策のように見えるが、今のところ失敗しておらず、成果を上げているとみる。

 

「核と経済の併進路線」を堅持しており、いくら経済制裁を受けても核は絶対に放棄しない。核へのこだわりは、在韓米軍を追い出し、半島を北主導で統一するためである。核とミサイルで自分を守るしかないと考えている。ただ半島統一は容易でないことは北自身も分かっている。その証拠に、ここ20年の間、韓国に潜入して捕まった工作員の使命は脱北者の暗殺(脱北者への見せしめ)が主で、韓国の「赤化革命」のためのスパイはひとりもいない。

 

強制収容所などの人権状況は少しも好転していないが、以上のような状況をみると、内部崩壊も考えられず、アメリカが軍事攻撃をすることも考えられない。結局核を放棄させることもできず、今の政権と長期的につきあっていくしかないと思う・・・。

 

以上のような分析、見立ては日本国内ではおよそ聞いたことがない。安倍首相は「北朝鮮に未来はないことを思い知らせる」ために「経済制裁の強化」を続けるというが、これはこちらが勝手に言っていることで、存外北は強かである。金正恩政権をあまりバカにしているとしっぺ返しがくる可能性もあり、少なくとも拉致被害者の帰国など夢のまた夢となってしまいそうだ。

 

金永煥氏を鵜呑みにする必要はないが、日本政府やメディアは、こうした分析をどう見ているのか。しっかり対処できるのか(あるいは目をつむっていくのか)。正念場にあることだけは間違いない。

 

なお、この講演会の参加者は脱北者も含めてわずか30名程度で、メディア関係者もおらず、わずかに石丸次郎さんを見かけただけ。この状況も日本国民の将来が危ういことを痛感させた。

 

 

 

2017年12月 9日 (土)

(292)恐いもの知らず

将棋の羽生善治さんが前人未到の「永世七冠」の称号を獲得!素晴らしい。同時に「タイトル獲得を99期とし、100期に王手をかけた。凄いというしかない。天賦の才能を得た棋士であるが、それだけではなく、歳をとっても常に新たな挑戦をし続けているからこその偉業であるらしい。特に人工知能(AI)についての造詣は並大抵ではない。

 

その羽生さんの著書によると、人間にあってAIにないのは「恐怖心」であるという。AIが人間の思考の盲点を平気でついてくるのは、怖いもの知らずだからだそうである。(産経抄)なるほど。

 

核開発やミサイルによる恫喝を止めない北朝鮮の指導者も人間である。内心では恐怖を覚えているのかどうか。逆に今の日本は戦争に対するあまりの「恐怖心」から、無法国家と戦う意思はまったく持たない。憲法9条を手放せば、即戦争への道と恐怖心を煽る左派政党はもちろん、「憲法改正」も「拉致被害者救出」も、口先だけで、アメリカのポチに徹して、ご主人トランプ氏の顔色を窺っているだけの安倍首相も、どちらも恐怖心の塊にしか見えない。そんな与党政権の支持率が、また50%台に回復してきたと聞くと、いったいこの国はどうなっているのかと思わざるを得ない。

 

天皇陛下もお歳を召されて、疲れたから辞めたいと暗におっしゃり、再来年には200年ぶりの天皇退位が決定したが、こんなことでいいのだろうか。「平和国家の象徴」として、ずいぶん貢献されたとは思うが、イザというときに、命を懸けて国のために戦う「国民の統合の象徴」でもあっていただきたい。もちろん戦争は起きてほしくはないが、何が起こっても国家と国民を守っていくという強い信念が天皇にも指導者にも求められる。そういう存在なのだという自覚がご本人になくなれば、国は滅んでいくのではないのか。

 

人間の恐怖心が薄らぎ、AI万能の世の中が身近に迫っていると思うと、安穏とはしていられない。いまからでは既に遅いのかもしれないが、かけがえのない祖国を守り抜くために必要なことを、特に権力の側にいる人たち、メディアにはもっと真剣に考えてほしい。

 

過度な恐怖心も、恐怖心を忘れることも、どちらも将来を誤ることになると肝に銘じたい。

 

 

2017年11月30日 (木)

(291)11月のサマリー

政府、国会の無能をあざ笑うかのように、北朝鮮がこれまでで一番の高度に達するミサイルを打ち上げた。トランプと金正恩の意地の張り合い攻防は果たしてどこまで続くのか。

 

併せて今月、北朝鮮の「漁船」が毎日のように日本海沿岸に押し寄せている。「船員」の死体までも。国防上、尋常ならざる事態が目前に迫ってきた。もう「評論家」の話を聴き流している状況ではなくなってきた。官民それぞれが国家と国民を守るということについて、真剣にならない限り危機は一挙に高まる。今月は大きな節目になるのではないかという気がする。

 

東芝の粉飾決算に始まった大企業の不祥事。内容はさまざまなれど、日産、トヨタ、スバル、三菱など自動車各社の完成品検査の杜撰さや、神戸製鋼、三菱マテリアルなど素材メーカーのデータ改ざんも悪質。今後どこまで及ぶのか際限がない状況で、今月はついに経団連会長を輩出している東レでもデータ改ざんが発覚した。高品質と信頼の代名詞「メイド・イン・ジャパン」はどこにいったのか。口では改革を謳いながら、実は自分の意中の人物を後継指名するトップ人事の悪しき慣習。サラリーマン社長の限界がきたともいえる。

 

横綱日馬富士がモンゴル人力士の懇親会で暴力を振るって昨日引退。横綱としては朝青龍に続く不祥事。日本の国技なのに、今や上位力士の多くがモンゴル出身者で日本人力士は肩身が狭い。そのため増長したのか、同じくモンゴル人の白鵬が九州場所の優勝インタビューで、事件の当事者であるモンゴルの二人を再び土俵に上げたいと勝手なコメントをし、挙句に万歳三唱の音頭をとった。モンゴルに国技が乗っ取られた瞬間だった。白鵬の横暴極まれり。貴乃花親方よ、負けるな。

 

地元町内での毎月1回の映画会で、カズオ・イシグロ原作の「日の名残り」を上映。通常の回覧のほか、掲示板にもチラシを張り出して「今年ノーベル文学賞受賞の・・・」と広報した割にご来場は9名で少し落胆したが、何でもやり続けることが肝心と思い直す。ちなみにこれまでのヒットは福山雅治の「そして父になる」の23名で、もともとその程度なのだが。

 

2軒隣のGさんが77歳で他界された。いつも笑顔を絶やさず、面倒見の良い方で親しくさせてもらっただけに哀しい。なかなか手放せなかったタバコのせいだとご本人も分かっていた肺がん。ご家族に伺うと、タクシーを呼んで一人で病院に行き、そのまま不帰の人となられた由。たいして苦しまなかったことが救いです、と聞き少しホッとした。合掌

 

 

2017年11月19日 (日)

(290)新潟の拉致現場を訪ねて

めぐみさんが拉致されてちょうど40年になる1115日、初めて新潟の拉致現場を訪ねた。

 

40年前のその日は良いお天気だったと聞いたが、あいにく訪れた日は午後から雨が降り続いていた。新潟駅からタクシーで、めぐみさんが通っていた寄居中学校前まで行き、そこから歩くことにした。中学の校舎は建て替わっているそうだが、美しい、趣が感じられる学校だった。桜の樹は大半葉を落としてはいたが、入学のときの満開の写真をほうふつとさせてくれた。

 

めぐみさんはバドミントンの練習を終えて、友人と三人で帰路についた。自宅へはバス通りを海に向かって北西方向に行き、3本目の角を左折し、2本目を右折する。学校から自宅までの距離は600mくらい、歩いて78分の近さである。まず一人の友人と別れ、次の角でもう一人とも別れて一人になったあと、バス通りで拉致されたと言われている。雨の中、車やバスが、頻繁に通るが、当時も結構車は走っていたそうだ。

 

(今年の春行われた特定失踪者問題調査会の再調査によって、バス通りではなく、新潟大学付属小学校前を自宅方向に左折してから少し歩いた広場の近くで拉致されたのではないかという新しい見解が発表された。日が暮れてすでにあたりは暗いといっても、交通量がある通りでの拉致は見とがめられる確率は高い。新見解の妥当性を感じる。)

 

横田家のあったあたりは新しい(といっても10年以上は経っている)家が建ち並び、広場もすでに住宅地となっている。落ち着いた雰囲気の住宅地である。

 

学校から海に向かう道は最初登り路で、しばらく行って今度は下りになる。新潟の海岸特有の地形で、信濃川、阿賀野川はじめ多くの河川が運ぶ大量の土砂が、海からの波や風で押しとどめられて、海岸の内陸側に低い丘状の土地ができたものらしい。このため登り路では海が見通せない。拉致が下り路で行われた場合、確かに死角にはなる。

 

拉致現場付近に、地元のテレビ局がナマ中継の準備をしていた。お互いに雨の中をご苦労さま、と労いあいながら少し話をした。大阪から来たと言ったらびっくりされた。

 

再度バス通りに戻って海に向かう。左側に壮麗な護国神社がある。救出祈願の祈りを捧げる。一組だけ七五三のお参りらしい家族を見かけた。子どもたちの成長を祈るこの日に、めぐみさんは親と引き裂かれたのだ。あらためてそのことを想う。

 

護国神社から寄居海岸はすぐである。風雨が強い。折り畳み傘が風にあおられ、何度もばらけそうになる。波も白いしぶきを上げながら海岸に打ち寄せる。暗い波間の彼方には佐渡島があり、そしてさらに向こうに北朝鮮があるのだ。海岸沿いの道にも結構車が走っている。その日、早紀江さんは二人の幼い弟たちの手を引いて防風林の中まで入り、「めぐみちゃーん!めぐみちゃーん!」と呼び続けた。真っ暗な海岸べりを懐中電灯だけで娘を探し回った親子の姿を想像する。どんな恐怖と不安だっただろうか。「煙のように」消えてしまった娘の消息は、その後20年もの間、杳としてわからなかった・・・。

 

新潟ではこの一週間、拉致問題を考える企画が連日行われ、この日の夜は、「めぐみさんに会いたい~拉致から40年 思いを語る、奏でる~」という会があった。拉致被害者であり、かつ母を拉致された家族でもある曽我ひとみさんのお話と、めぐみさんの同級生、吉田直矢さんのバイオリン演奏を聴いた。

 

まためぐみさんの写真展も開催されており、初めて観る写真もたくさんあったし、報道各社が拉致事件の疑いとして報じる過去の貴重な新聞記事もたくさん張り出されており、記事のみ1枚づつ写真を撮らせてもらった。

 

めぐみさんが6年生のときの書き初め「元朝の志」という書の写真。12歳とは思えない、堂々とした書でしばらく見入ってしまった。「もういい加減にしたらと言っても聞かず、何度も何度も書き直し、ようやく納得した」作品であるとの、早紀江さんのコメントが添えられていた。この書を見、「流浪の民」のソロを聴き、バドミントンの強豪校であった寄居中学で市の強化選手に選抜される力をもっていためぐみさん。学問、芸術、スポーツに優れた才能を発揮していた女生徒だったと思うと、ことさら北朝鮮の蛮行が恨めしく、あらためて強烈な怒りにかられる。

 

新潟を訪れなければ感じられないこと、学ぶことがたくさんあった。その夜ご一緒させていただいた同級生のみなさんの、級友を助け出すという強い思い、吉田さんの魂のこもった圧巻の演奏など、まったくこちらが励まされることになった。

 

必ず助け出さねばならない。日本人が一丸となって。

 

 

2017年11月12日 (日)

(289)横田早紀江さんの手紙

横田めぐみさんの母である早紀江さんから便箋5枚にも及ぶ自筆のお手紙をいただいた。今月6日のトランプ大統領との面談前のご多忙な時期に書いてくださった。9月にお邪魔したときに体調がよくないことを具体的に語っておられ、現にこの手紙にも「六日には大統領との対面が近づいておりますのに、喉風邪でしょうか、声が全く嗄れて出なくなり喉が痛く咳も出て、六日迄に何とか治る様に点滴をし、お薬を貰って来ました」と書かれている。

 

そんななかで綴ってくださった、美しい字と、お心のこもった内容。読ませてもらっているうち自然と涙が流れでた。なんという優しいお人であることか。そして強いお人であることか。この方と、この世でお会いできたことだけで、これまで生きてきた甲斐があったとさえ思う。

 

早紀江さんは41歳のとき愛娘を捕られ、それから40年という月日、過酷な人生を強いられている。最初の20年、つまり61歳までは愛娘の所在さえわからなかったのだ。その時期が一番苦しかったと話されている。しかし、北朝鮮にいると判明して、会える日が来るという期待が生まれてから、また無情にも20年が過ぎていったのだ。取り返してくれない日本政府への憤りをお持ちになっていることは容易に想像できるが、家族としてあからさまに政府を批判することもできない。今年、拉致を許してしまったことを「国家の恥」と発言されたのが精いっぱいのところだろう。

 

手紙にはこう書かれている。

「今や北朝鮮と言う異形な国が世界に顕わされ、関心を持たれる様になりました。後一歩と言う大事な時が来ましたが、全ては人の思いや力ではなく、神の御意志がどう働かれますのか・・・?と、息を呑む思いで暮らしております。」

 

ご家族の思いに応えられず、この境地まで追いやってしまっている日本という国は、もはや国家の体をなしていないし、他人事のように拉致問題を聞き流す国民の責任も大きい。市井の一人としては今後何ができるだろう?今週、めぐみさんが拉致された1115日、新潟の拉致現場に行く予定をしている。めぐみさんと横田家の皆さんの思いに1ミリでも近づくために・・・。

 

 

 

2017年11月 4日 (土)

(288)希望の10月

10月は、個人的には「拉致被害者救出・府民の集い」の開催と、新たな仕事を始めたりと大忙し、世間的には、意外な結末となった衆議院選挙がありましたが、敢えて「希望の10月」だったと強弁したい(?)と思います。

 

<安倍一強の継続>

 小池都知事の「希望の党」が失速して野党が大混乱し、「立憲民主党」という左翼政党が野党第一党になった衆議院選挙。小池氏、前原氏が行った民進党の解体は、一度は通らなければならない道で否定的にみる必要はまったくない。成熟した二大政党制にはまだまだ時間が必要ということ。

 自民党の「圧勝」と言われているが、果たしてそうか。安倍さんの運の強さは認めよう。しかし、選挙中に、トランプ大統領と拉致被害者家族を引き合わせることを、(自身の功績といわんばかりに)言い立てたのはフェアな態度か。筆者の安倍批判は、拉致を政治利用しているという疑念にある。北朝鮮へ真に圧力をかけるというなら、朝鮮総連を今のままにしておいて良いはずがないし、後記のような政界における「圧力」を払拭することに取り組んでもらいたい。

 次世代を担う小泉進次郎氏の、自民党に対する国民の視線は厳しい、という認識と勇気ある発信にこそ希望があるという気がする。

 

<カンテレ>

 カンテレの「報道ランナー」が、大阪での拉致被害者救出活動を約10分間紹介してくれた。冷淡なメディアが増える中、丁寧に取材してくれたI記者に感謝したい。

 番組を観た見ず知らずの地方議員の方から、「私の周りでは、北朝鮮や拉致の問題に関わること自体がタブーになっていて、園遊会への招待や表彰に差し支えると言われている」という告発をいただいた。この種の隠然とした圧力が今なお日本国内に存在していることを知らされた。メディアへも同様のプレッシャーがあることも容易に推測できる。この国内の現実との闘いが必要なのだと再認識する。筆者の手にはあまる仕事だが。

 

<仕事>

 不動産の仕事を再開した。週2日でよいと寛大な条件で誘っていただいたご縁に感謝して、体力の続く限り、できるだけ限りのことはさせてもらおう。70歳を過ぎて意気軒高な何人かのみなさん(中には80台半ばの方も)との交流も再開でき、嬉しいことである。

 

 

 

2017年10月22日 (日)

(287)めぐみさんのことを語ろう(3)

劇団夜想会主宰の野伏翔さん、特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんの講演は、なぜ拉致事件が引き起こされたか、なぜ解決しないのか、についての問題提起でした。

 

<野伏翔さん>

舞台劇「めぐみへの誓い~奪還~」の制作動機やプロセス、その間に勉強したことを話してくださった。

 

最初のバージョン「めぐみへの誓い」ができた2012年、周囲の抵抗が強かった。演劇や映画界は北朝鮮にシンパシーを感じる人が多い。どういう風にやれば本当の啓発になるか、を考えた。昔こんな誘拐事件がありました、ではなく、観る人に拉致被害者の家族や友人と同じような感覚になってもらうことが大切だと考えた。過去のことではなく現在進行形の誘拐事件であること、強制収容所など非人道的な部分も描かなければならないが、一部の家族から、うちの子も収容所に入れられ、もう殺されていると世間は思うのではないか、といった反対が出された。家族の集まりで劇の主旨を話したとき、「そういうこと(啓発としての劇)ができないから(拉致問題は)動かないんだ、ぜひやってもらいたい」と大声で応援してくれたのが有本のお父さん。そのつるの一声で動き出した。新しいバージョンの「奪還」では、被害者ごとの具体的な拉致の場面も描いた。

 

どうしてこんなに長い間解決しないのかを考えると、政治の背景に何人も北朝鮮や朝鮮総連シンパの有力議員がいたことが分かってきたと実名を挙げて話され、北朝鮮帰国事業についてや、北朝鮮が日本からカネを巻き上げる実態も具体的に話された。救出段階では首相の英断で超法規措置がとれるかどうかにかかっている。そのための世論形成が必要で、頑張っていきたい、と力強く締めくくられた。

 

<荒木和博さん>

「めぐみさん拉致の真実」と題して、日本の闇の深さを語ってくださった。安倍さんがいくら頑張っても解決しない、そういう問題だと明言された。

 

めぐみさん拉致について、40年前拉致されたとき、すでに北朝鮮の拉致であることを、警察の上層部はもちろん、政府ももちろんトップの首相も知っていた。なぜか。普通の誘拐事件なら極秘捜査するはずだが、姿を消した翌日には機動隊が700人も出て大規模な捜索をしていた。さらに当時の新潟中央署の松本署長(故人)が9年前、横田さんに、当時北朝鮮の仕業だとわかっていたが、救出できなかったことを詫び、私が生きているうちに伝えたかったと語っている。

 

警察は、事前に電波情報で北朝鮮が何かしようとしていることはわかっていて警戒はしていた。だからめぐみさんの捜索願がでたとき、北朝鮮の拉致だと直感したはずだ。そこでせめて船に乗せられ、日本の領土から運び出すのを阻止すべく必死に動いたはずだが失敗したため、これは表に出せないと判断し、箝口令が敷かれた。警察でも末端の人は知らなかっただろう。公安畑の知識のある人だけが知っていたと推測される。おそらくこのことは首相官邸も知っていた。しかし中学生が北朝鮮に連れていかれたことが表沙汰になったらどうするか、日本は北朝鮮との国交はない、戦争はしないことになっている、だから助けられない。見殺しにするしかなかった。これがこの国の現状です。

 

めぐみさん拉致の2か月前起こったダッカのハイジャック事件のとき、福田首相は犯人の要求に屈して、超法規的措置により、16億円の身代金を支払い、収監していた犯人の仲間たちを釈放した。「人間の命は地球より重い」というなら、いかなることをやってでもめぐみさんを救出しなければならなかったはず。しかししなかった。この国は戦後、戦争を放棄したと言って自慢してきた。いくら戦争を放棄したって、戦争は日本を放棄しない。実際は戦争を放棄したのではなく、在日米軍にやらせていただけ。アメリカも自分の都合のいいときは戦争をやるけれども、そうでないときにはやらない。拉致についてもそうで、めぐみさんはその間の隙間というか、穴に落ちたのだということだろう。

 

次に1995年(平成7年)頃、新潟県警の警備部のあるスタッフが、上司から横田めぐみ失踪について調べるように言われた。しかも他の者には知られないよう、お前だけでやれ、と言われた。言われた方はなぜこんな指示が出たかわからなかった。この時期は、韓国の情報部から、中学生が70年代の後半、バドミントンの練習の帰りに拉致されたという情報がもたらされたときです。石高健次さんが警察にそれを伝えたが、過去のことで資料も残ってないと言われた。これは間違いなく警察のウソである。このことは横田さんのご家族にも、ましてや一般国民には知らされなかった。これが2回目の隠ぺいです。

 

3回目は1997年(平成9年)の23日、めぐみさんについて西村真悟議員が橋本龍太郎総理大臣に国会で質問した。総理は何とかしなければと本気で思って、密使として民族派の幹部本多一夫氏をピョンヤンに送った。そのとき、本多氏は北の案内人から「横田めぐみは、あのアパートに住んでいる」と言われた。「フラッシュ」という週刊誌にも出ている。5年後、小泉訪朝のとき、1993年に横田めぐみさんは死んでいるといわれたときに、なぜ日本政府代表団は、それは違うと言わなかったのか。象徴的なめぐみさん拉致についても3回も隠ぺいしている。

 

これは一人、二人の政治家が悪いというようなことではない。私が解決すると言っている安倍さんでもこのことは言えない。自民党政権のみならず、細川政権でも民主党政権でも何ら変わらなかった。それだけ根深い問題であるということです。政府が認めている拉致事件は、未遂も含めて14件、21人です。警察が認定した高姉弟も入っているが、これらの事件についても警察は家族に捜査状況、結果について事実上一切何も知らせていない。有本さんはヨーロッパからの拉致ですが、警察はものすごい捜査をしていますが、表に出そうとしない。これがこの国の実情です。

 

もし、北朝鮮に助けに行ったとして、被害者に会えた場合、被害者は安心して「良かった!」と言う人はほとんどいないだろう。助けに来たと言っているこの人たちは本物だろうか?自分を試しているのかもしれない、「帰りたい」と言ったとたんに殺されるかもしれない。収容所に送られてしまうかもしれない。おそらくそう考える。帰国された蓮池さんたちも、自分たちがどこでどういうふうに拉致されたか今も正確には話していません。今の北朝鮮の体制が崩壊しない限り恐怖から逃れられないということです・・・。

 

今回の「めぐみさんのことを語ろう」と呼びかけた集会は、ゲスト、講師の真摯な思いが披歴されたことにより、筆者が当初考えたより、はるかに濃厚な内容となりました。参加された方々が、拉致の真実を広めるために動いていただくことを期待したいと思います。

 

10月も終わろうとしている今、日本では安倍長期政権を作るための選挙が行われています。野党勢力が分裂し、自公連立政権の大勝利と予想されていますが、もしそうなったとしても、115日、安倍さんとトランプさんがガッチリ握手をしても、手放しでは喜べないと思います。日本人が本気になって拉致被害者を救出するという覚悟をしない限り。

 

 

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