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2017年7月 7日 (金)

(272)映画「光」とトーク

河瀨直美監督の最新作「光」を観てきました。今年5月のカンヌ映画祭で、精神世界を深く掘り下げた作品に授与されるエキュメニカル賞を受賞(キリスト教のカトリック、プロテスタント両方の審査員6名によって選ばれるが、今年は満場一致であった由。)しています。

 

視力を失っていく写真家の主人公と、視覚障碍者のための音声ガイドを制作するヒロイン美佐子が、葛藤を重ねながら、次第に互いを認め合い惹かれていくメインストーリーと、ヒロインが音声ガイドの制作を担当している劇中映画「その砂の彼方」(この映画も独立した作品として作られ、上映もされているという。いずれ見たいものです。)というサブストーリーを組み合わせながら、河瀨監督は、大切なものがいずれは失われていくという人間の宿命を肯定的にとらえ、多様な光の世界に描き出している美しくも切ない作品です。

 

主人公雅哉を演じる永瀬正敏は、俳優でありながら自身プロの写真家(写真集をすでに6冊出している)で、視力を失う写真家を演じるとき、彼がどれほどの苦悩を実感したか、その思いが伝わってくるようで心が震えました。クランクインの2週間前から、実際に撮影した奈良のアパートで暮らし、目の不自由な方たちと交流し、役作りをしたそうで、「どんな状況の人にも、心の中に光がちゃんとある。大きな光があるんだ」という監督のメッセージにも気づくことができました、と語っています。

 

ヒロインの水崎綾女(みさきあやめ)、サブストーリーの主人公、藤竜也も素晴らしく、キャスティングも良かったし、標準語の映画を奈良の街で自然な感じで撮り、奈良の大自然の光の美しさを見せてくれた、奈良出身の河瀨さんならではの作品ですし、また音楽もユニークで心地よいのですが、担当したのはイブラヒム・マーロフというレバノン人。今や世界的監督となった河瀨さんは、国際色豊かなスタッフを構成できるだと感心しました。

 

上映後、河瀨さんと宗教学者山折哲雄さんのトークがあり、山折さんから会場に「視覚と聴覚のどちらかを失わなければならなくなったとき、あなたはどちらを選びますか」という問いが出されました。およそ9割近くの人が視覚を残したいと答え、筆者は、聴覚を残したい、の方に手を挙げました。もう人生においておよそ見るべきものは見た、クラシック音楽が聴けないことには生きていてもしかたがないとの、一瞬思いつきの理由でしたが、山折さんによれば、聴覚を選んだ人は神に近いのではないか、と。

 

それはともかく、現代人はテレビやパソコン、スマホなどに視覚を使いすぎていることは確かで、筆者も間違いなくその一人です。先週も書いたように、古代人は、大自然の音を聴くことで多くのことを学び、暮らしを立ててきましたし、それは神の声を聴くことでもあったでしょう。河瀨さんも山折さんの指摘になるほど!と感心していました。トークの最中に、永瀬正敏さん本人が登場したのにはさすがにびっくりしましたが、彼の朴訥な語り口はとても好感が持てました。

 

昨年のカンヌに出品した映画「あん」に音声ガイドを入れた経験から、河瀨さんは「光」の構想を思いついたそうで、この二人が今後どんな作品を作るのか楽しみです。また、来年秋、永瀬さんの個展が奈良写真美術館で開催されるとか。

この映画はできればあと何度か観て、河瀨さんの意図したものをもっと感じたいと思いました。たくさんの方にお薦めしたいと思います。

 

 

 

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