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2016年12月 5日 (月)

(245)聖(さとし)の青春

将棋と言えば、小学生の頃、兄が駒の動かし方を教えてくれたが、13も歳が違えば歯が立たず何度やっても負け続け、結局、自分は頭も悪いし、勝負事にも向いていないと思い決めた。よって将棋、囲碁という一対一の勝負事について、書くこともないし、資格もない。

 

が、しかし、封切り中の「聖(さとし)の青春」という映画を観たら、そうもいかなくなった。将棋という過酷な世界に生きる人たちと、夭折した棋士村山聖と現在の第一人者羽生善治の勝負師としての闘い、崇高な友情、を知ったから。

 

広島で村山が昭和44年に生まれた翌年、埼玉で羽生が誕生した。のちに「羽生世代」と呼ばれる有能な棋士たちが何人も生まれている。しかし村山は、わずか5歳で腎臓ネフローゼを発症してしまう。入院生活で父が与えた将棋と出会うが、外出も限られるためもっぱら将棋本を読みこむことで棋力を向上させていったという。そして7歳でアマ三段の大人を負かすようになる。

 

故郷の広島では向かうところ敵なしとなったころ、谷川浩司が史上最年少で名人位を獲得したと知って、谷川を倒して名人になるという目標を立てた。ときに13歳。身体を心配する家族を説得して大阪に出て森信雄四段と出会う。村山の才能に驚いた森は自分のことはさておいても物心両面で最後まで村山の面倒を見た。この頃、羽生も頭角を現し、小学生名人となっている。

 

羽生は16歳で、村山も奇跡的な昇段を果たして17歳で同じ年にプロ棋士となる。二人は五段昇段も一緒で「東の羽生、西の村山」と並び称される。以降羽生との直接対局は13回。村山の67敗であるが、特に最後のNHK杯では九分九厘勝利を手中にしていたが、最後に信じられないミスをし羽生にタイトルを譲ってしまった。体調の差を考えれば二人は互角の力を持っていたといわれる。

 

しかし、5歳から病魔に取りつかれた体に膀胱ガンが追い打ちをかける。手術しなければ治らないが、手術してもし将棋が指せなくなっては人生の目標が達成できない。思い悩んだ末、手術に踏み切るが、回復は叶わずついに29歳で亡くなった。八段の村山には、将棋界における功績から異例の九段を追贈された。

 

村山は、十代の頃、「名人になって早く将棋を止めたい」と語っていたという。大きな一つの目標が彼を支えていたのだ。亡くなる年の「将棋年鑑」に、それまで頑なに断ってきたアンケートに初めて答えて、今年の目標を、生きる、と書いた。その思いは想像するにあまりある。

 

羽生は村山が亡くなったあと、「攻めが鋭くて、勝負勘が冴えた将棋。もし健康ならタイトルをいくつかとったことだろう」とその死を悼んだ。映画のハイライトは、村山が羽生を破った一戦のあと、羽生を呑みに誘い、二人だけで酒を酌み交わすシーンであるが、将棋の深淵を知った二人にしか通じない会話がなんとも素晴らしい。

 

道端で倒れ込み「(対局まで)時間がない」とつぶやく村山を、見ず知らずの通行人がタクシーに乗せて将棋会館の対局場に送り届ける場面から映画は始まるのだが、彼を支えた大阪の市井の人たちの存在にも心打つものがあった。どちらが師匠かわからないと周りから揶揄されても、彼を支え続けた森信雄現七段。

 

誰の人生も生きる闘いであるが、多くの人から助けられてもいくものだ。短い生涯を運命づけられながらも、不屈の精神で生き抜いた村山聖には、最高のライバル羽生をはじめ多くの仲間や人々がいた。いや、それらの人々を彼自身が招き寄せたのだ、と思う。

 

メガホンをとった森義隆監督は、「29歳で亡くなったことを当初はとても無念だったろうなと思っていたが、撮影中に実はそうじゃなかったのではないかと考え直しました。濃密で幸せな人生だったはずだと・・・」(産経夕刊)と語っているが、この映画を観て人生の意味をあらためて深く考えさせられた。

 

村山を演じた松山ケンイチは、20キロも体重を増やして役作りをしたというが、渾身の演技に圧倒された。名優への道を歩む一作となったような気がする。今年観た映画(わずかな本数ではあるが)のなかでは最高作であった。

 

 

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