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2016年10月25日 (火)

(241)「苦海浄土」を読む

235回のブログで紹介した石牟礼道子さんの著書「苦海浄土 わが水俣病」を、呻吟しながらようやく読み終えた。水俣病の悲劇がどういう実相を伴っていたかをはじめて知った。

 

病気は最初、緩徐に発病する。四肢末端のじんじんする感覚から、物が握れない、ボタンがかけられない、歩くとつまずく、走れない、甘ったれたような言葉になる、視野狭窄により目が見えにくい、耳が遠くなる、食物が呑み込みにくい。これらの症状が前後して表れる。(大方はこの頃入院する。)言語障碍、運動障碍(痙攣性失調歩行)が急激に進行し、泣いたり笑ったりの精神障碍が現われ、犬吠え様の叫び声を発し狂躁状態となる。ほどなく発熱、意識混濁、顔貌無欲状となり尿失禁。全身衰弱し死に至る。

 

水俣病は、日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場の工場廃水に含まれていたメチル水銀(アセトアルデヒド製造過程で触媒として使われる)が食物連鎖を経て人間の体内に入り、脳の中枢神経が破壊されていく病気。個人差はあるが、上記の経過をたどり2か月程度で死に至る例も多くある。4大公害病の一つであるが、海を汚染したその規模、悲惨さにおいては最大のものといってよいのではないか。

 

昭和7年、日本窒素肥料が、アセトアルデヒドの生産開始。水俣湾に廃水を流す。

昭和28年ごろ、水俣湾周辺で多数のネコの狂死・カラスの不審死。

昭和31年、患者発生の届け出。水俣病公式確認。

昭和33年、会社は排水路を湾外の流路に変更。汚染地域が不知火海全域に拡大。

昭和34年、熊本大学研究班が病因を有機水銀と発表。

昭和43年、チッソがアセトアルデヒドの生産を中止。国が公害病と認定。

 

病気の症状もさることながら、当初は原因不明のため「奇病」といわれ、患者の出た家はあらぬ噂を立てられて周囲からの差別に遭い、家庭自体が崩壊する事例も珍しくなかったという。

 

「苦海浄土」に登場する主人公たちを見る石牟礼道子さんのまなざしは、たとえば以下のようであるが、どのページを読んでもぐいぐい迫ってくるものがある。こんな本はそうそうお目にかかれない。

 

(釜鶴松に)

そして、くだんの有機水銀とその他“有機水銀説の側面的資料”となったさまざまの毒重金属類を、水俣湾にこの時期もなお流し続けている新日本窒素水俣工場が彼の前に名乗り出ぬかぎり、病室の前を横ぎる健康者、第三者、つまり彼以外の、人間のはしくれに連なるもの、つまりわたくしも、告発をこめた彼のまなざしの前に立たねばならないのであった。

安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば、生者たちの欺瞞のために使われる。このとき釜鶴松の死につつあったまなざしは、まさに魂魄この世にとどまり、決して安らかになど往生しきれぬまなざしであったのである。

 

(坂上ゆきに)

人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ばこいで二丁櫓で。漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。

うちはぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる。

 

便利さを求め続ける人間がいて、その欲求にこたえる企業がいて、その企業を守ろうとする権力があって、こうした悲劇が生まれる。便利さを求める我々にも責任の一端はある。しかし、企業と権力が初期の段階で、いのちにかかわる事の重大さに敏感であり、より誠実に対処すればこれだけ多くの被害者を生むことはなかったのではないか。患者発生の年から12年もチッソは生産を中止しなかったのだから。

 

不知火海の魚を食べたというだけで、何の罪もない人間が、これほどまでに残酷な目に遭わなければならないのか、と考えるとき、私はやはり横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者のことを思わずにはいられなかった。どちらも一方に、加害者としての人間が存在する。そしてその加害者側に権力がついて、容易に真相を明らかにしないばかりか、事実さえ隠そうとする、同じ構造。嗚呼。

 

 

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