« (239)なら国際映画祭クロージング | トップページ | (241)「苦海浄土」を読む »

2016年10月10日 (月)

(240)「府民の集い」を終えて

108日、半年かけて準備してきた「大阪府民の集い&御堂筋大行進」が無事終わった。

集会には約400人、行進には約200人が参加してくださった。欲を言えばきりがない。今の時期にしては良く集まってくれたと思うことにする。

前日まで雨の予報が出ていて心配した行進も、急きょ用意した雨合羽が不要となり、約3km200人の行進は整然と行われた。天も味方してくれた、が実感だった。

 

山口采希さんと若いミュージシャン3人のオープニング・コンサート。今年25歳になった采希さんの成長は見事で、歌も語りも格段に落ち着いてうまくなった。若いということはやはり素晴らしい。この日に合わせて作ってくれた新曲「願いの色、灯りをともせば」も初演された。この曲は、日本中、みんなで歌ってほしい、だから作詞・作曲に私の名前は不要です、と。

 

(余談だが、家族会の飯塚代表と話をしていたら、彼女から「空と海の向こう」のCD売り上げ収益が家族会に寄付されているが、その額は100万円近いと聞いた。彼女自身は今もアルバイトをしながら、歌い続けているというのに。政治資金のわずかな額の領収書をねつ造している政治家たちに、彼女の志を学べ、といいたい。)

 

高世仁さんの講演も、当初から拉致被害者に寄り添ってきたから語れる内容で、好評だった。会場を刺激し続ける青山さんとは違い、パワーポイントを使い、丁寧な説明をしてくださった。なかでも北朝鮮国内をグーグルアースで映し出し、今も招待所が存在することを厳然と示してくださったのには私も驚いた。ここにめぐみさんが、八重子さんがいるはずと。

 

この事実を大切にすることこそジャーナリストの神髄であると感じた。会場にも拉致の現実が伝わったと思う。高世さん自身は、あれも話したい、これも・・・となって、時間配分がうまくいかず申し訳ないと謙虚に反省されていたが、人柄ははやり人を引き付けるのだ。これからもぜひおつきあいさせてほしいとお願いした。

 

飯塚耕一郎さんの、1歳で母が拉致された、私には母の実感がない、いまも田口八重子さんとしか呼べないのです、というお話を生で聴いた会場では、多くの人が涙した。彼も39歳になり、母は61歳になる。拉致は悲惨な家族を生むが、飯塚さんのケースは特別だと思う。耕一郎さんは、私を育ててくれた養母にも安心してもらいたいから、母を返してほしいと訴えている。自分がどうこうではなく、二人の母を思う気持ちが彼の支えとなっていることを知り、私も胸を打たれた。

 

耕一郎さんの養父であり、八重子さんの兄である繁雄さんは、妹が帰ってくるときのために少しでも蓄えをと、78歳の今も現役の会社役員で働いておられる。家族会代表の活動で、本職は週の半分しか働けないとのことだが、両方の仕事をこなすことは大変に違いない。休みもほとんどないはず。誠実なお人柄だから、私心を忘れて尽くされているのだ。

 

日本政府よ。安倍首相よ。本気で拉致被害者を取り返せ!

心の底からそう思い、御堂筋で、仲間たちとともに声を上げた。

 

終わってから懇親会を開き、お二人と初めて飲み、話した。この日を準備した20人近い若い仲間たちも一緒に。お二人も大阪の空気を感じてくださったに違いない。非常に疲れたが、貴重な一日だった。

 

 

 

« (239)なら国際映画祭クロージング | トップページ | (241)「苦海浄土」を読む »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1594571/67891953

この記事へのトラックバック一覧です: (240)「府民の集い」を終えて:

« (239)なら国際映画祭クロージング | トップページ | (241)「苦海浄土」を読む »