« (237)ささやかな闘い | トップページ | (239)なら国際映画祭クロージング »

2016年9月18日 (日)

(238)めぐみさんと「君が代」

昨日917日、東京で開催された国民大集会に参加した。毎年恒例行事にように、首相をはじめ、議員、被害者家族、支援者などが次々と発言するが、拉致被害者は、14年前のちょうどこの日、5人が帰国して以降、誰一人帰らないばかりか、安否さえも不明である。

 

「拉致問題解決に対する私の思いはいささかも揺るぎない」と、用意した文面を読み終えてさっさと退席してしまった(「首相動静」では、公明党の党大会に向かった由)安倍首相に以下の横田早紀江さんの訴えを直接聴いてほしかった。私は深く感動した。ご主人が体調不良で欠席された今日、早紀江さんの魂の言葉はますます深いものになっていると感じ、涙がこぼれた。

 

なかなか拉致問題は解決しないなかですが、人は生き、老い、病を与えられ死に至る・・・私は誰もが避けられない、生・老・病・死の4文字をこのごろ思います。これは人に与えられた、みんなに公平に与えられた当然のことで、誰もがそうなっていくことを示していますけれども、拉致ということは、平和を享受しながら生きていた普通の人が、かの国の策略による指令によって、工作員が入り込んできて、何の罪もない人が、普通の生活から、まったく違った世界に押し込まれてしまったということであり、そしてそれを助けることができない。国家として大きな犯罪を犯している国に対して、何ということをするんだ!という怒りようがない、本当にそんなことでいいんでしょうかと、私はそう思い続けております。

 

金賢姫さんとお会いしたとき、彼女が話してくれました。「めぐみちゃんが住んでいるという招待所に他の人と遊びに行ったことがあります。あまりにもみんな無口で話がないので、何か歌でも歌いましょう、ということになったとき、めぐみちゃんが歌ってくれました。それは『君が代』でした」とおっしゃったのです。

 

本当にあの子はいろんな歌を歌っておりました。あの子がいなくなってから、新潟の流しのところで、ごはんを作りながら、あの子が歌っていた歌を毎日、いろんな歌を歌いました。「赤とんぼ」や「ふるさと」など、大きな声で歌いながら、涙を流して倒れこむように下に沈んで泣いていたこともありましたけれども、いろんな歌を知っていたあの子が、そんななかで「君が代」を歌った、何といういろんな思いを持ってこれを歌ったのだろうかとそのとき思いました。「私は日本人なんだ」「私は日本に帰りたいんだ」「“君が代”で育った人間なんだ」と、一生懸命に思って歌ったのではないかと思っています。

 

ものすごく深いこの拉致問題、人の心の奥の奥の、奥の底までえぐり出すような、ひとりひとりの心を揺さぶるような大きな問題が日本の国のなかに起きているんです。それが40年近く経ってもまだ助けてあげることができない。

 

子どもが生まれ、ひ孫が生まれ、それはありがたいことなんですけれど、たくさんの人が、お父さん、お母さん、帰るまで生きていてちょうだい、必ず帰るようにしてください、と、いま曽我(ひとみ)さんが(北朝鮮で)月や星を見ながら(帰りたいと思っていた)とおっしゃったように、私たちも涙を流していましたが、その人間の、深い魂の根底にある問題がないがしろにされているということが、この日本という国家の哀しみなのです。

 

どうか命がけで闘ってくださる方、そしてこのように、何十年経っても応援して、このことのために力を尽くしてくださる方、そのような方が増えれば増えるほど、日本国家のすばらしさが、何にも言わなくても北朝鮮にそれは伝わっていきますし、いろんな国ににもそれは伝わっていくと思っております。

 

どこで倒れるかということを心配になってきた昨今ですけれど、倒れるまで私は日本の国の思いを、日本人としての思いを絶対に捨てないで頑張ってまいります。どうかよろしくご支援ください。ありがとうございます。

 

めぐみさんと「君が代」・・・その話を聴いた早紀江さんの娘への思いと日本への思い。

早紀江さんとめぐみさんがいてくださって、私たちは拉致問題の大きさを教えられている。多くの日本人に知ってもらいたいし、日本政府も口先だけでご家族を慰撫するのではなく、ご家族の思い、私たち日本人の思いを、本気で受け止め、大きな転換を図ってほしい。

 

 

 

« (237)ささやかな闘い | トップページ | (239)なら国際映画祭クロージング »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

このブログであればこそ伝わる真実がある、心情がある。
だからと言って、変えられないこの現実。
何という腹立たしさ、虚しさ。

このブログであればこそ伝わる真実がある、心情がある。
だからと言って、どうにも変えられないこの現実。
何という腹立たしさ、虚しさ。

syさん。いつもコメントをありがとうございます。
横田さんは、日本のすばらしさはきっと北朝鮮へも、世界へも伝わっていく、と話しておられる。
それを信じ、ささやかでも闘いを続けていくしかありません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1594571/67551995

この記事へのトラックバック一覧です: (238)めぐみさんと「君が代」:

« (237)ささやかな闘い | トップページ | (239)なら国際映画祭クロージング »