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2016年4月29日 (金)

(218)昭和の日

今日は「昭和の日」。

昭和天皇の誕生日を、大型連休(昔の、ゴールデンウィークという呼称にくらべ

何と味気ない呼び名)の一部に組み込んだ人たちの謀(はかりごと)には

いささか辟易するが、

「昭和」世代にはノスタルジーに浸る、ありがたい日というべきかもしれない。

 

昭和の日本には、戦争と敗戦、戦後復興と高度経済成長、そしてその往きつくところに

凄まじいバブルとその崩壊まであった。

しかし幸運なことに、筆者の昭和は昭和20年からの約40年間で、戦争も知らず、

戦後復興の活力のなかにあった。

ついにパンパンに膨らんだ泡がはじけて、「栄枯盛衰、世の習い」も実感したが、

昭和は、貧しくとも、頑張ればなんとかなるという夢を、多くの人が持てた時代だった。

平成の今は、もうない。代わりに、貧困、格差といった言葉が氾濫している。

 

たまたま今日、こんな記事を目にした。

貧困問題に取り組むあるNGOの調査結果では・・・

 世界中のトップ62人の資産は、ボトム36億人の資産と同じ。

 トップ1%の資産は、残り99%の資産より多い。

 上位富裕層の資産は、この5年で50兆円増え、下位半数の資産は、この5年で

120兆円減った。

世界中で格差が拡がっていて、しかも今後ますます拡大するというのである。

 

世界経済を支えている新興国も、中国を筆頭に、格差を是とし、強権的な国が多いように

みえる。

せめて高度成長時期にある国くらい、「頑張ればなんとかなる」国であってほしいが・・・。

 

平成の時代も、早や30年近くが経とうとしているが、人口構成の世代間格差も拡がって

おり、日本が昔のような心の豊かさを取り戻せる日は来ないような気がする。

しかし、日本人には、人を思いやる優しい心根があるのだから、そのソフトパワーで

ギスギスした世界に何らかの貢献をしていってほしいと願うばかりだ。

 

最近、娘がつぶやいた言葉。「日本に生まれてよかった」。

肩の荷が下りたような、何かホッとした感じがした。

 

若い世代の苦労に、高齢者(なかでも我々の世代)はもっと心を寄せるべきで、

わがままを通してはいけない。

有難い時代を生きたものの最低限の義務として、謙虚さを持ち続けたいと、

今日、「昭和の日」に思う。

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