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2016年1月25日 (月)

琴奨菊の優勝

昨日千秋楽を迎えた大相撲初場所で、琴奨菊が幕の内優勝を果たした。日本人の優勝は何と10年ぶりとのこと。日本の国技でそんなバカな、とも思うが、平成18年初場所で栃東が優勝して以来だという。その瞬間は、たまたま地元の集会所でご近所の皆さんと宴会をしながら一緒に観たから格別だった。昔話も楽しかった。

 

相撲と言えば子どもの時代、ラジオの実況放送を聴きながら、栃錦を応援していた。関脇栃錦の初優勝が小学2年のときで、以降小、中、高の時代、彼が大関、横綱と昇進していった時期と重なる。何と言っても100キロもない小さい体で、大きい相手に果敢に技で立ち向かっていくところである。

 

当時テレビはないから想像するしかなかった。栃錦の「二枚蹴り」がいったいどんな形なのかもわからなかったが、大歓声のなか、「勝った!勝った!栃勝った!」のアナウンサーの声に興奮したものだ。以降、栃ノ海、栃光、栃東など春日野部屋の力士を応援していたが、だいたいが小兵の力士が多かった。

 

考えてみればこの10年は、朝青龍、白鵬などモンゴルを中心とした外国勢ばかりが目立ち、「大相撲モンゴル場所」には正直興味を失っていた。日本国籍を持たない力士には優勝資格なし、としてもらいたいとグチをいいながら、日本人力士の不甲斐なさも興味をなくす要因であった。

 

弱い大関の見本だったような、来週32歳になるという琴奨菊がなぜ優勝できたか。白鵬の衰えも大きいが、聴けばトレーナーをつけて、科学的なトレーニングを採り入れる一方で、昨年は伴侶も得たことで、心身とも充実しているとのこと。この日が来ることを信じながら努力してきたことが報われた。他の日本人力士も彼を見習い、頑張ってもらいたい。身体の小さい豪栄道などは、栃錦などに見習い、もっと技を磨いてもらいたい。

 

先週から大寒波の襲来とともに訃報も相次いだ。お世話になった親戚、友人の奥さんなど。「サル年」が、「去る年」になってしまうのか。36年前の「サル年」は、ときの首相(大平正芳)、勤めていた会社の社長がそれぞれ現役で、そして我が母までもが去っていった年であった。いよいよ私も母が亡くなった歳になった。為すべきことをしっかりやっていかないと、残された時間はますます短くなっていくことを実感しながら、故人のご冥福を祈っている。

 

 

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