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2016年1月 4日 (月)

新春に

大阪松竹座の壽初春大歌舞伎初日夜の部に出かけた。「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」「研辰の討たれ」「芝浜皮財布」の3本立て。看板役者の数も少なく、正月らしい華やかさもない演目が並んだが、「研辰の討たれ」は片岡愛之助の奮闘が目立ち、「芝浜皮財布」は市川中車と中村扇雀の息の合った演技が良かった。

 

「研辰」は、今は亡き18世中村勘三郎の「野田版」をシネマで観たことがあるが、理屈抜きで楽しめたので実際の舞台が観たかったのである。コミカルな愛之助の台詞はどこか勘三郎を思い出させるものがあって懐かしくもあったが、同時に名優を失ったことがあらためて胸に沁みた。

 

「芝浜」は落語の大ネタが芝居になったものだが、能や狂言、浄瑠璃など、古典芸能の世界では、客を楽しませるためなら相互乗り入れ何でもござれというサービス精神がおもしろい。歌舞伎「芝浜」の“オチ”も落語とはまったく違っていて、まこと融通無碍である。

 

キッパリ酒を止めた政五郎に、女房がことの顛末を語り、「一杯おやりよ」と酒を勧めるところ、落語では「また夢になるといけない」と飲まないのだが、芝居ではうまそうに飲んでしまう。どうなることかとこちらも固唾をのんで観てしまうのだが、その結末も見事なものである。(おっとネタバレになるといけねぇ!)

 

今年の正月は好天で暖かい。大抵のところでは初日の出を拝めたというし、昨日今日はポカポカ陽気で何と早春の気温だそうである。今年1年、何とか平穏無事であればと願いたいが、そうはいきそうにない。新年早々中国が南シナ海南沙諸島に(国際法違反で)建設した滑走路で試験飛行を開始したという。

 

毎年のことであるが私信の年賀状に「おめでとう」の字句を書かないことにしている。もちろん面と向かって挨拶されればこちらも「おめでとう」と申し上げるが、拉致被害者が帰ってこられないうちはと、まだささやかな意地を張っているのである。

しかし、今年は拉致問題を解決できない政府にどうこういうことは止めにする。期待しても無理なのだから非生産的この上ないし、イライラするだけこちらが損である。そんな政府や国会議員を選んでしまっている国民がだらしないからなのだ。私たちひとりひとりの覚悟が問われる1年になることだけは間違いない。

 

 

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