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2015年12月29日 (火)

友の闘病記を読む

先日親しい仲間で忘年会をしたとき、昨年7月より急性骨髄性白血病を患っていたT君が奥方と一緒に元気に参加され、何と「病床十尺記」と名付けた闘病記を皆に配ってくださった。174ページの冊子には克明な記録とともに、彼の病気克服への並々ならぬ思いが記されていた。強い精神力に圧倒される。

 

体力の衰えた老人(70歳)での発病は「完治事例は殆どないこと、白血球が異常に多いこと、しかもその殆どが癌細胞化していることから、もはや手遅れ状態であるので生還は困難であるから覚悟してほしいと(医者から)説明された。この宣告と説明に私は一瞬、頭は真っ白になった。同席した妻も泣き崩れた。」

 

この宣告を受けて、入院当初から闘病日記を書くことを決断した、という。それは家族への遺言であり、他の白血病患者への参考であり、入院してお世話になるであろう人々への感謝の代用にしたいとの三つの思いからだったという。何と冷静な判断と強い意志だろうか。

 

4ヵ月の過酷な治療に耐えて寛解(治癒ではないが病状が軽くなること)を勝ち取り、10月下旬に退院するものの、半年後の今年3月に再発する。この病気の再発は、それまで使った抗がん剤が効かなくなるなど、さらなる困難を伴い、治癒の確率はさらに下がるという。

 

普通なら諦めてしまうところであろうが、彼は臆することなく即座に転院を希望する。この判断が功を奏して、わずか1ヵ月余で退院でき、約半年が経つ。今後の検査は月に一度程度で良いそうだ。ほぼ完治と言える状況なのだという。

 

闘病の内容は読めば読むほど、それはそれは凄まじい。体調によっていろいろな薬を服用しているが、こんなに多くの薬を飲んでも大丈夫なのかと思われるし、薬の副作用は、吐き気や倦怠感、味覚、視力、筋力の減衰、口内炎、脱毛など相当なものである。強い抗がん剤は劇薬で、皮膚にこぼしたりすれば細胞が壊死するという。想像を絶する。

 

感染予防のためクリーンルーム(ここを病床十尺と捉えた)に入れられても、多才な彼はパソコン、スマホはもとより、趣味の道具まで持ちこんで、病気の知識を豊富にし納得するまで医師の説明を受ける一方、気分の良いときは絵を描き、たくさんの句を読み、孫に残す歌まで作っている。漫然とテレビを観る、音楽を聴くといった受け身の姿勢ではない。

 

確率が限りなくゼロに近いところからの奇跡的な生還。その必要条件が何であったか、私は彼が闘病記を残そうと決めたことにあったのだと思う。闘病の苦しみを、細大漏らさず後世に残すと決めたからこそ、毎日の生き方、過ごし方の背骨ができたのだ。イザとなったとき、私には到底できないことばかりだが、畏友T君の生きざまは大きな影響を与えてくれることだろう。

 

ありがとうT君。生還を心から祝福するよ!

 

 

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