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2015年12月10日 (木)

辛坊治郎講演会

さすがと思わせる軽妙なしゃべりで90分。彼のメールマガジンを定期購読しているので、およその考え方、得意な話題は承知しているが、ナマで聴くのはまた別である。

 

明解な予言は、来年夏の参議院選挙は、衆議院解散で同日選挙になるということ。

理由は、参議院選挙は政権交代につながらないので、有権者は与党に厳しく評価しがちであるが、憲法改正を目指す安倍政権はどうしても単独過半数を得たいから、こんどの参議院は絶対負けられない、よって同日選挙をやるしかないというシンプルなもの。

 

最近私の予言がよく当たっているのは、一昨年の太平洋でのヨット遭難事故のせいかも、と笑わせておいて、そのヨット事故の模様を、身振り手振りを入れて話すあたりは、迫力満点。救命筏を繋ぐヒモの端にもし結び目がなかったら、ヒモはスルリと抜け落ちてしまって、筏に乗り移ることはできなかった、同乗者の全盲のヒロさんを筏に飛び乗らせ、自身もGPSと無線通信機材を持ってボートを脱出できたことなど、奇跡的な幸運も重なったきわどい生還だったことなど。

 

海上自衛隊の救難飛行艇US-2のことをウィキペディアはこう書いている。

 

2013年6月21日、US-2が救命ボートで漂流していた辛坊治郎と岩本光弘を宮城県金華山沖約1,200kmの海上で救助した。(中略)太平洋を横断中だったが、ヨットが浸水したためこれを放棄し救命ボートに移乗して救助を待っていた。厚木基地で救難待機していた2機のUS-22機のP3Cの計4機が出動し対応にあたり、1機目のUS-2は波高が高かったため着水を断念し帰投、2機目のUS-2により着水救助が行われた。救助時の状況は着水限度波高に近いと推定される波高3-4m、風速16-18mであった・・・。

 

実際、波高は5m、風速は20m、飛行艇の着水限度を超えていたと辛坊は明言している。事実US-2の4つのエンジンの1つは波をかぶって停止し、残りの3つでギリギリ日本に戻ったそうである。2機目の勇敢な働きがなかったら・・・救助に来てくれたUS-2の、世界に類を見ない性能と、パイロットの勇気ある決断があっての救出劇だった。一国民を救ってくれるわが国の優秀なシステム、それを動かす人材、これらを支えるために税金を払っているすべての国民のおかげと深々と頭を下げていた。

 

なぜ日本は戦争に負けたか。情報の質量の差。いまUS-2を作っている新明和工業の前身の工場の存在をアメリカは知っていてそこだけ爆撃しなかった。戦後に役に立つと考えていた。それだけの情報をアメリカは当時持っていたのだと。

 

 

 

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