2017年7月23日 (日)

(274)暑中お見舞い

いくつになっても無知を白状することになりますが、土用とは夏のこととばかり思っていました。土用とは、「土旺用事」の略で、陰陽五行説で春・夏・秋・冬を、木・火・金・水とし、余った「土」を、各季節の終わりの18日間に当てはめたことから、立春・立夏・立秋・立冬前の各18日間を「土用」という、とあります。つまり立秋前の18日間を夏土用というわけで、今年は719日が土用の入り、今は夏土用の真っただ中です。

 

夏土用を暑中と呼び、この間に暑中見舞いを出す。夏土用の三日目が晴れると豊作、雨が降ると凶作だそうで、この豊凶占いを「土用三郎」というらしいのですが、土用三日目の721日は、ほぼ西日本では猛暑でしたが、九州北部などは集中豪雨で、吉凶が分かれたということになるのでしょうか。

 

ちなみに豊凶占いには、他に天一太郎、八専二郎、寒四郎があり、合わせて農家の年中の四厄日という、また土用中に、土を犯すことは忌むべきこととされ、葬送などは、この期間は延期された・・・など、昔の風習は興味深いことです。

 

暑気払いを兼ねた「懇親ビアガーデン」なるイベントを4年前から町内で始めたのですが、昨日がその日でした。今年は筆者に代わって幹事を務めてくれたYさんが「ビールサーバー」なる新兵器を導入してくれたおかげで、本格生ビールをいただきました。普通のビールより3割ほど高いらしいのですが、その値打ちは充分にありましたし、Yさんは得意の手料理も振舞ってくれ大好評でした。こうした隠れた人材の発掘も嬉しいことです。

 

最高齢は88歳から、下は43歳まで、平均すれば年配者が多いのですが、差し入れのウィスキー、焼酎、ワインもすべて飲み干して、実に5時間も談論風発が続いたのは4年目にして初めてでした。初参加の人も誰彼なくすっかり打ち解けている様子をみていると、特に男性にとってアルコールの効用はやはり凄いと思いました。新たな出会いがまた町内に新風を吹き込んでくれそうで、わが町内の土用の吉凶占いは大吉ということになったようです。

 

末筆ながら、みなさま暑中お見舞い申し上げます。

 

 

2017年7月15日 (土)

(273)五嶋姉弟、母の思い

五嶋みどりさんが理事長を務めるNPO法人ミュージック・シェアリングの活動のひとつが、ICEP(international community engagement program)で、日本はじめアジア各国の恵まれない子どもたちに本物の音楽を届ける活動です。8回目として、昨年はネパールを訪問した報告会が、先月ありました。

 

今回のカルテット・メンバーは、みどりさんのほか、アルゼンチン、中国、イスラエルの演奏家で構成されていますが、彼ら(ビオラのルオさんは女性ですが)は若手のソロ・プレイヤーとしていくらでも仕事があるのに、わざわざみどりさんのオーディションを受け、ボランティアで参加している。彼らがいかにみどりさんの活動を敬慕し、参加したがっているか、そう考えるとICEPは、子どもたちに音楽を聴かせること以外に、彼ら若手にどんな演奏家になってほしいか、みどりさんの思いが秘められているのだと思います。

 

報告コンサートでは、ヒナステラ(アルゼンチンの作曲家。初めて名前を知った。不協和音もたっぷりだが、ラテン音楽らしい多彩な音の組み合わせ、リズムに圧倒された)、ドヴォルザーク、シューベルトの弦楽四重奏曲が披露されました。一級品のカルテットを小ホールで堪能する。何と贅沢なことか、来年もぜひ楽しみにしたい。

 

さて、みどりさんの異父弟、同じくヴァイオリニストの五嶋龍さん。

彼もみどりさんに負けずとも劣らない音楽家であること知りました。

 

“拉致被害者を忘れない”をテーマに、この秋全国6か所でチャリティコンサートを行うのです。その名も、Project R 。Rは、拉致被害者、RememberRyu を指す。

 

政府の拉致問題対策本部から、大阪でのコンサートについて連絡があり、協力を依頼されました。92日、大阪大学交響楽団との共演です。もちろんできることはなんでも、と答えたのですが、前売チケットは即日完売、前もって情報提供しておいた大阪ブルーリボンの会の会員でも買えない人が出る始末。ネームバリューの凄さをあらためて知りました。

 

龍さんがなぜこのプロジェクトを思い立ったか。この世で最も恐い母(五嶋節さん)が、僕の傍らで瞼を拭うのは、めぐみちゃんとお母様のことを想うときのみであった、と彼は書いています。母の姿を見て「拉致」についてできることはやろう、と心に決めていたといいます。

 

しかも、今回のプロジェクト6回のうち4回は各地の大学のオーケストラとの共演という形を思いついたのは、“if you see something, say something ”という、ニューヨークの地下鉄の広告にヒントを得たという。自分と同じ世代の若者と何かを成し遂げようという思いに。

 

しかし、「拉致啓発コンサート 大学尻込み」「『政治色強い』と共演辞退も」との見出しで昨日の産経新聞がこの間の事情を伝えています。龍さんが昨年末に共演を呼びかけたところ、約40校が関心を示し、2月の打ち合わせには18校が集まった。ところが、コンサートが拉致問題の啓発目的だと伝えると、ほとんどの学校が手を引いた、とある。残ったのは、

関西学院大、宮城教育大、(医療系大学生による)交響楽団はやぶさ、そして大阪大の4オーケストラ。これが日本の現実です。

 

しかし、4楽団が龍さんの思いに応えたことを称賛したいと考えます。また、逆説的ですが、もし40校が龍さんとの共演を求めてきて、調整に苦労するような日本の状況なら、実はとっくに拉致被害者は帰ってきており、龍さんがこうした企画を考えることもなかったといえるかもしれません。

 

五嶋みどり、龍という天才ヴァイオリニスト姉弟を育てたお母さんは、真の芸術は、聴く側のさまざまな思いを理解しなければ生まれないとお考えなのか、それは想像するしかありませんが、二人のお子さんは母の思いを体現されているのだと思います。横田早紀江さんの思いを、涙なくして聴けない人間を、今の日本が失いつつあるという現実をかみしめながら、「限りある身の、力試さん」と思ったことでした。

 

 

 

2017年7月 7日 (金)

(272)映画「光」とトーク

河瀨直美監督の最新作「光」を観てきました。今年5月のカンヌ映画祭で、精神世界を深く掘り下げた作品に授与されるエキュメニカル賞を受賞(キリスト教のカトリック、プロテスタント両方の審査員6名によって選ばれるが、今年は満場一致であった由。)しています。

 

視力を失っていく写真家の主人公と、視覚障碍者のための音声ガイドを制作するヒロイン美佐子が、葛藤を重ねながら、次第に互いを認め合い惹かれていくメインストーリーと、ヒロインが音声ガイドの制作を担当している劇中映画「その砂の彼方」(この映画も独立した作品として作られ、上映もされているという。いずれ見たいものです。)というサブストーリーを組み合わせながら、河瀨監督は、大切なものがいずれは失われていくという人間の宿命を肯定的にとらえ、多様な光の世界に描き出している美しくも切ない作品です。

 

主人公雅哉を演じる永瀬正敏は、俳優でありながら自身プロの写真家(写真集をすでに6冊出している)で、視力を失う写真家を演じるとき、彼がどれほどの苦悩を実感したか、その思いが伝わってくるようで心が震えました。クランクインの2週間前から、実際に撮影した奈良のアパートで暮らし、目の不自由な方たちと交流し、役作りをしたそうで、「どんな状況の人にも、心の中に光がちゃんとある。大きな光があるんだ」という監督のメッセージにも気づくことができました、と語っています。

 

ヒロインの水崎綾女(みさきあやめ)、サブストーリーの主人公、藤竜也も素晴らしく、キャスティングも良かったし、標準語の映画を奈良の街で自然な感じで撮り、奈良の大自然の光の美しさを見せてくれた、奈良出身の河瀨さんならではの作品ですし、また音楽もユニークで心地よいのですが、担当したのはイブラヒム・マーロフというレバノン人。今や世界的監督となった河瀨さんは、国際色豊かなスタッフを構成できるだと感心しました。

 

上映後、河瀨さんと宗教学者山折哲雄さんのトークがあり、山折さんから会場に「視覚と聴覚のどちらかを失わなければならなくなったとき、あなたはどちらを選びますか」という問いが出されました。およそ9割近くの人が視覚を残したいと答え、筆者は、聴覚を残したい、の方に手を挙げました。もう人生においておよそ見るべきものは見た、クラシック音楽が聴けないことには生きていてもしかたがないとの、一瞬思いつきの理由でしたが、山折さんによれば、聴覚を選んだ人は神に近いのではないか、と。

 

それはともかく、現代人はテレビやパソコン、スマホなどに視覚を使いすぎていることは確かで、筆者も間違いなくその一人です。先週も書いたように、古代人は、大自然の音を聴くことで多くのことを学び、暮らしを立ててきましたし、それは神の声を聴くことでもあったでしょう。河瀨さんも山折さんの指摘になるほど!と感心していました。トークの最中に、永瀬正敏さん本人が登場したのにはさすがにびっくりしましたが、彼の朴訥な語り口はとても好感が持てました。

 

昨年のカンヌに出品した映画「あん」に音声ガイドを入れた経験から、河瀨さんは「光」の構想を思いついたそうで、この二人が今後どんな作品を作るのか楽しみです。また、来年秋、永瀬さんの個展が奈良写真美術館で開催されるとか。

この映画はできればあと何度か観て、河瀨さんの意図したものをもっと感じたいと思いました。たくさんの方にお薦めしたいと思います。

 

 

 

2017年6月27日 (火)

(271)偽書?「ミュータント・メッセージ」

ケアンズで、アボリジニのパフォーマンスを観たことを書いたら、友人から一読の価値ありと勧められた本がマルロ・モーガン著「ミュータント・メッセージ」(角川書店・絶版)です。

 

主人公はアメリカ人の女性の医療関係者。オーストラリアの知人から、彼女が行っている患者教育プログラムを活かすためにオーストラリアで働かないかと誘われる。行ってみると、占い師から「あなたがこの国に来たのは生まれる前から約束されていた、お互いが向上できる人と出会うために。あなたとその人とは地球の反対側で、同じ日に生まれている・・・。」と告げられ、アボリジニの<真実の人>という部族に出会う。そして未開の地を三カ月歩いて旅をすることになる。身に着けているすべてのものを脱がされ、ボロのような服だけが与えられる。脱いだもの、装飾品はじめ持ち物はすべて燃やされてしまった・・・。

 

この旅で部族は食べ物を持ち歩かない。水を入れる動物の膀胱を持つだけ。行く手には必ず食べ物が与えられる、と信じている。彼らの祈りに宇宙はつねに応えてくれる。彼らは心から自然のあらゆるものを讃える。言葉ではなく、メンタルテレパシーで意思を伝えあう。テレパシーは、心や頭に何か隠そうとする部分があると機能しない。言葉や書き文字は障害物として排除される。声は歌うため、祝うため、癒しのためにある。すべてを受け入れ、正直になり、自分を愛することが大切である。

 

主人公は、<真実の人>族の人たちと行程を進むうちに、足を複雑骨折した男が仲間たちの介護で翌日には歩けるようになったり、ミュータント(突然変異を意味する単語。科学の力で超越した能力を得た者のこと。この本ではアボリジニから見て現代人をミュータントであると表現しているらしい。)からみれば奇跡と思われることをいくつも体験していきます。こんなことも<真実の人>族から指摘されます。

 

われわれは宇宙との一体にまっすぐ歩いている。(おまえたち)ミュータントは、多くの信仰を持っているね。おまえの道は私のとは違う、お前の救い主は私のと違う、おまえの永遠は私のと違う、と思っているね。だが、本当はすべての命はひとつなんだよ。宇宙の意図はひとつだけだ。肌の色はたくさんあるが、人類はひとつだ。ミュータントは神の名前や建物の名前、日付や儀式で言い争う。・・・みんな同じ血と骨を持っている。違いは心と意図だけだ。ミュータントは自分のことや人との関わりのことを、ほんの百年でしか考えない。<真実の人>族は永遠を考える。祖先や、まだ生まれない孫たちも含めて・・・。

 

そしてついに<真実の人>族から認められた主人公は、彼らの最後の伝言を受け取ります。

 

この世界の人々はすっかり変わり、大地の魂の一部を売り渡してしまった。その魂と合体するためにわれわれは天に行く。あなたはわれわれがここから去ることを仲間に伝えるミュータント・メッセンジャーとして選ばれた。われわれはあなたがたに母なる大地を残していく。あなたがたの生き方が水や動物や空気に、そして互いにどんな影響を与えていくか、はっきり認識するように祈っている。・・・われわれのときは終わった。すでに雨の降り方は変わり、暑さは増し、作物や動物の繁殖も衰えている。われわれはもはや魂の住みかとしての肉体を用意することはできない、なぜならまもなくこの砂漠に水や食べ物がなくなるときがくるからだ。・・・

 

ウィキペディアなどによれば、この本は著者自身の実体験に基づいて書かれたノンフィクションとして当初刊行されたが、アボジリニからは否定、抗議され、またアボリジニの長老が書いたとされる推薦文もねつ造と判明したため、あらためてフィクションとして再刊行されたとのこと。

 

しかし、素直に読んだ人は、今の地球に住む自分のことを、あらためて考え直そうとするでしょう。現代人が他人より「良い」生活をするために、ひたすら競争をしながら生きていること、そのために地球が汚染され、そのためにいずれ苦しむ子孫のことより、今の自分の快適な生活を優先してしまっていることなどを。

 

人が生まれてきた意味は何か、ミュータントの誰も教えてはくれません。宗教者であろうと、実際は誰も知らないからでしょう。自分の素直な心に従って生きる、誰かのために尽くす、自分の役割を感じながら毎日を生きる、何よりも周りと助け合って生きる、そうしていれば宇宙の大きな計らいが人を守ってくれるという<真実の人>族の信仰は、何万年を生きてきただけに示唆を与えてくれます。

 

単にスピリチュアルの一語で済ませてしまっていいものか。(もう引き返せないが)私たちの道が、確実に滅びに向かっていることを感じる今だからこそ、一読の価値ありとMくんは勧めてくれたのだろうと思います。

 

 

 

2017年6月23日 (金)

(270)この一週間

金曜日。

ご近所の、地域活性化活動の同志であるTさん(元大学教授、同じ歳)が出品されている写真展を観に行く。大半が自然の風景、鵜飼などの行事を写したもののなかで、Tさんの作品は、インドの市井の人々を対象にしている。「下町の人たちの貧しい中でも明るい笑顔と力強さに感銘を受けた」という、Tさんの思いが伝わってくる。

 

土曜日、日曜日。

二日間、某資格試験の仕事に従事する。一日20人、各12分間、受験生と真剣勝負の問答。歳を重ねるにつけ疲労の度合いが増してくるが、それぞれの人生の一コマに立ち会える充実感は変わらない。終わって東京から応援に来た知己の委員と久しぶりに一献、楽しい限り。

 

月曜日。

やっと休日。この前の署名活動のとき、会員間で署名のもらい方で意見の違いが生じ、途中で泣きながら帰ってしまった婦人会員のことが気になっていたので電話する。「あなたのやり方は執拗すぎる、会の品位をダメにする」と注意され悔しくて泣けてきた、あとで私も大人気ないことをしたと反省しました、と。今度もまた行きます、と言われホッとする。政府が何もしないことが、現場での焦燥感につながっている。

友人に紹介された「ミュータント・メッセージ」という本を読む。この本のことはまたあらためて書きたい。

 

火曜日。

町内の月例映画会の日。往年の名作、「カサブランカ」を上映。何度見ても良くできた映画だと思うが、何とこの映画、制作過程では、撮影が始まってからも最後の結末が決まらず、二人の脚本家が苦労したという。ヒロインのイルザを、夫のラズロと恋人のリック、いずれと脱出させるかがなかなか決まらなかった・・・。名作の裏にある意外な真実。

終わってから、大阪に出かけて、五嶋みどりさんと仲間たちの「ネパール/日本 活動報告コンサート」に行く。相変わらず魂のこもった演奏会。毎年6月の楽しみである。これもまた稿をあらためたい。

 

水曜日。

ボランティアの事務所に週一回の「出勤」。署名数が落ちてきている原因と対策、合わせて年後半の活動構想、次の日曜日に予定している某国会議員との懇談内容について、などを話し合う。

先月、結成された「特定失踪者(拉致濃厚な方々)家族会」への緊急特別カンパを会員に呼びかけているが、現在70人ほどから協力があり、40万円ほど集まっているとのこと。いまこそ物心両面のサポートが必要と考えて提案したものだが、応えてくれる会員の尊い志に感謝でいっぱいだ。

 

木曜日。

疲れているし、前夜は迷っていたが、朝起きたらいいお天気だったので、頑張ってグラウンド・ゴルフに出かけた。成績は4アンダーの68。ホールインワンなしで68は悪くないが、順位はちょうど中ほど。参加者22名。最高齢は88歳!筆者より高齢の方ばかりだが、みなさんお上手。

終わってから午後、集会所で「書道を楽しむ会」例会に。3月から月2回、近くの住宅地から先生に来てもらって始めたが、1時間半ほど、筆を持つことはなかなか貴重なひとときである。おおらかな先生で、たくさん手本を書いてくださり、太字、細字、楷書、行書など何を書いても良いという。今日は先生が自作の落款をみんなにプレゼントしてくださった。もう途中で止めるわけにはいかなくなった!?

 

おかげさまで充実した一週間でした。

いよいよ梅雨本番らしい。皆さま、ご自愛のほど。

アップ寸前に、海老蔵の奥さまが他界された由。合掌。

 

 

2017年6月12日 (月)

(269)「究極の協奏曲」コンサート

18歳のヴァイオリニスト、服部百音(もね)と、全盲のピアニスト、辻井伸行が競演する、「究極の協奏曲」と銘打たれたコンサートを聴いた。オーケストラは日本センチュリー交響楽団、指揮はニール・トムソン。(長身のこの指揮者がまた素晴らしかった。)

 

まず、服部百音は服部良一から数えて4代目、祖父は克久、父は隆之という音楽一家に生まれた天才といわれる。1曲目のエルンストの「夏の名残のバラ(庭の千草)による変奏曲」は、粗削りではあるが、超絶技巧、例えば弓でアルペジオを弾きながら、ピチカートで主旋律を弾くなどの、各種の変奏を懸命に弾いた。ブラボーである。

 

そしてチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。オーケストラとの息もぴったりで、素晴らしい演奏であった。第一楽章の終わりで早くも盛大な拍手が巻き起こったが、それも当然の印象がした。楽章間の拍手は慎むべしという不文律があるが、感動した故の拍手には違和感はない。

 

(余談ながら楽章間の拍手について、相当なクラシックファンと思われる方のブログに以下の記述がある。)

私は楽章間の拍手についてはケース・バイ・ケースでやって構わないと思います。実は私も楽章間に思いっきり拍手した経験があります。6,7年前にシドニーでチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を聴いていたのですが、第1楽章でのソリストの奮闘に対し拍手を送りたくなった私は楽章が終わるまでウズウズしていたんですね。そして最後の和音が終わったときに思わずやっちゃったんですよ、拍手を。でも私はその時周囲の叱責を受けずに済みました。なぜなら私だけでなく会場の全ての聴衆も一斉に拍手喝采を送ったからです(笑)。(「おかか1968」ダイアリーさん)

 

やはりチャイコフスキーの協奏曲は別物なのである。この日もまったく同じ状況であったと思う。

 

辻井伸行はいずれもショパンで、ソロは「英雄ポロネーズ」、協奏曲は最もポピュラーな「第1番」。彼の演奏をナマで聴くのは初めてである。付き人に誘われて登場するところから、ピアノに触れ何度も椅子の位置を確かめるところ、協奏曲では指揮者に合図を送り、オケの演奏が始まり、ピアノが始まるまでの時間、またピアノがお休みの間も、彼は曲に合わせてずっと身体を前後に揺すっている。そんなステージ上の彼のすべてを見て、感じていた。

 

最初のうちは体の揺れが気になったのは確かであるが、彼のすべてがこの曲と一体化しているのだと思ったら、逆にその音楽を愛する一途さが愛おしく思えてきた。筆者が初めて買ったクラシックのレコードがこの曲。ピアノはマルタ・アルゲリッチ、指揮はクラウディオ・アバド。何回聴いたことだろう・・・。今回、ノブのひたむきな演奏で改めてこの名曲を堪能させていただいた。涙を堪えるのに苦労した。

 

さて最後に粋なアンコール曲が用意されていた。百音のお父上、隆之氏作曲の「真田丸のメインテーマ」である。曲が始まったとたん、会場から軽い驚きと嬉しさの混じった拍手が起こった。昨年の大河ドラマの毎回の冒頭で聴きなじんだメロディーが、ピアノとヴァイオリンで交互に演奏される。演奏が終わった後の会場の反応がいかにすごかったことか。オーケストラは敢えてお休みにして、二人だけで華麗に弾き切った。フェスティバルホールが揺れるようだった。

 

 

 

2017年6月 5日 (月)

(268)電磁パルス攻撃

スマホでニュースを読んでいると、関連した情報について記事が次々と紹介されるので、時間さえあれば、いくらでも知らないことに出会うことになります。普通の新聞ではこういうことはできません。先日北朝鮮のミサイルの記事から誘導されて「電磁パルス攻撃」とは何かを知ることになりました。以下、読売新聞の永田研究員による「高度上空の核爆発でおきる『電気がない世界』の恐怖」という記事からです。

 

「電磁パルスは、一定の高度で核爆発が起きた時に起きる電磁波のことだ。核爆発により放出されるガンマ線が空気分子と衝突することで発生する。電磁パルスが地磁気に引き寄せられて地上に向かう時に大電流となり、電子機器や送電線などに入り込んで破壊してしまうのだ・・・。」

 

つまり地上に核爆弾が落ちてこなくても、上空で核爆発が起きると、電磁パルスが地上に降り注ぎ、発電、変電、送電などの施設はもとより、電子機器にも大電流が入り込んですべてが破壊されてしまう。これは復旧可能な一時的停電ではなく、電力システムの崩壊となれば、1年後には9割の人が死ぬというのです。アメリカではすでに、そうなった世界を描いた近未来小説「ワン・セカンド・アフター(1秒後)」がベストセラーになっているが、邦訳はまだない由。


そういえば最近、日本でも「サバイバルファミリー」という映画が公開され、ある日突然電気が来なくなった生活を描いてはいるが、永田氏によれば、「人の死や暴力的な描写はなく、最後はハッピーエンドも用意されているが、一方、米国では近年、電磁パルス攻撃で起きる『電気のない世界』をテーマとした近未来小説が続々発表され、一つのジャンルを形成している。飢餓や疫病、略奪の横行など社会秩序崩壊をこれでもか、とばかりに描いた作品がほとんどだ」と書いています。

 

日本では科学番組では紹介されているのかもしれませんが、一般にはあまり取り上げられていないように思います。例によって、政府は国民が知り、政府の無策、怠慢を指摘してくるのは嫌でしょうが、効果的な対処方法がないとすれば、それもやむを得ないことかもしれません。じわじわと確実に迫ってくる死の恐怖より、むしろ核が落とされて一瞬で命を落とす方がマシかもしれないと、つい考えたりしてしまいます。

先週、オーストラリアのケアンズで、先住民のアボリジニ、ジャプカイ族の生活と文化に触れる機会を得ましたが、少なくとも5万年以上に及ぶ彼らの悠久の歴史(もちろん日本にも同様の歴史があるわけですが)を想像すると、近代以降わずか百年程度の間に人間が犯している罪の大きさに慄然とします。営々と築いてきた人類の歴史を一瞬で破壊するリスクが、いま地球を覆っていることを、しっかり覚悟しておかなければなりません。

 

 

 

2017年5月28日 (日)

(267)忖度

忖度(そんたく)とは、他人の心中や、その考えを推しはかること。推量、推測、推察。国語の辞書にはそうあります。最近にわかにこの忖度が話題となっているのは、国の役人たちが、ときの総理、安倍さんの気持ちを推しはかって行政を進めている(歪めている?)事例が二件続けて明るみになったからです。

 

ひとつは、総理夫人が名誉校長に就任予定(だった)大阪の私立小学校の用地取得において、国有地を異常に安く払い下げたこと。もうひとつは、総理自身が“腹心の友”と公言してはばからない学校法人理事長が、愛媛県に建築中の大学に獣医学部を新設する件で、50年間も一貫して新設の必要を認めなかった文部科学省が、今回あっさり認可に転じたことです。安倍さんはいずれも自分が指示したことはない、もしそうだったら責任を取りますよ!とまで気色ばんだ答弁をしており、もっぱら役人の忖度が働いたとされているのです。

 

最近安倍さんの顔つきが険しいと感じるのは筆者だけかもしれませんが、庶民感覚ではどうやら安倍さんが痛いところを突かれているためかと思われます。ここ数日の獣医学部案件の動きをみていると、総理を支える内閣府、首相官邸の混乱、官房長官のいらだちが目立ちます。

 

内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」などと言われたと、文科省の役人が記載したであろう記録(大臣へのレクチャー用メモ)について、日頃は冷静な菅官房長官、最初は、日付もなく出所もわからない「怪文書みたいなもの」だと断じたのですが、今年1月に辞任した文科省のナンバー2の事務次官氏が、わざわざ記者会見を開き、私は在任中、確かにこの文書を見たと明言しました。長官は怒り心頭に達し、この前事務次官氏を、自身の辞任を渋った(情けないヤツ)、風俗店に出入りしていた(とんでもないヤツ)と、個人攻撃を行いました。(  )内は筆者が感じたこと、以下同じ。内閣府が、安倍さんの意思を忖度し、嫌がる文科省に、(わかっているんだろうなと)認可を急ぐように念を押した様子がありありと見てとれます。

 

この件は安倍さん肝いりの国家戦略特区案件です。昨年8月まで、担当大臣であった石破茂氏は、「不思議ですよね。大臣が代わることでこんなに(事態が)進むのか。総理の大親友であれば認められ、そうじゃなければ認められないというのなら、行政の公平性という観点からおかしい」と発言。麻生副総理も、「だから認可しなきゃよかった。俺は反対だった」と言ったそうですね。

 

これらの忖度が果たして安倍さんの今後にどう響くのか。庶民にわかるはずもありませんが、謙虚さを欠く安倍さんの最近の言動をみていると、政局の波乱要因になることだけは間違いないでしょう。「安倍さん、『李下に冠を正さず』という言葉をかみしめろ!」と筆者の亡父の声が聴こえます。今日は亡父の誕生日。誠実だけが取り柄の、田舎の「井戸塀政治家」でした。

 

 

 

2017年5月22日 (月)

(266)六松同窓会

この前の金曜日に、小学校4年から6年までの3年間を共にした、六年松組、略して六松同窓会(今回が3回目、3年おきに開催)に行ってきました。先生はお元気だが93歳となられ、欠席の意向を示された由。そのことは残念でしたが、今回は、13人の兄弟姉妹が集まったような雰囲気となり、みんな遠慮も屈託もなく、底抜けに楽しいひと時を過ごし、2次会では宇治金時を分け合って食べ、まるで60年前にタイムスリップしたようでした。

 

毎回幹事を務めてくれているNくんが、当時「もうだめだ、と思ったとき、もうひと踏ん張りすること。それが大切」と先生に教わった、この言葉を胸に秘めてこれまでやってきた、そして「六松は僕らの原点」と話してくれましたが、みんな思いは同じなんだろう、と思います。遠く東京や千葉から毎回参加する仲間も、また会おうね!と言って別れていきました。

 

ここでは安倍さんがどうとか政治向きの話は似合いませんが、筆者が拉致被害者救出のボランティアをしていることを知ってくれている友もいて、それなりに話しかけてくれます。どうして国民を救い出せないのか、個別に話をしながら、果たして60年後の日本はどうなっているのだろう、今の小学生たちが60年前のことを楽しく語らいあう状況にいられるのだろうか、そのために我々が今しておかなければならないことについて話しました。

 

そうだ。もうだめだ、と思ったとき、もうひと頑張りすること!

それが問われていると考えながら帰途に就きました。

ありがとう、Nくん。そしてみんな。元気でまた会いましょう。

 

 

2017年5月14日 (日)

(265)安倍さんの政治(2)

先週のブログを敢えてフェイスブックにアップしてみました。「このまま安倍さんを信用していいのか」と呼びかけて。

 

いただいたコメントには、国民の目に厳しさがないから、国民が拉致問題に無関心だから、拉致問題解決を訴えても票にならず、国会議員が動かないから、結果として安倍さんが結果を出さなくても大きな問題にならない、といった意見が多かった。もうとうから安倍さんには期待していない、という人もありました。

 

一方で、安倍さんのやり方が正しい、他に代われる誰がいるのだ、といった意見はありませんでした。こういう意見の方はたぶん拙ブログなど無視されたのでしょうが、何か書いてほしかったと思います。

 

ひとつ、安倍さんの後ろにはコミンテルン工作がひそんでいる気がする、というコメントがありました。これ結構、的を得ているのではないかと思います。

 

ちょうど1年前、元外交官の馬淵睦夫氏の「国難の正体」について書きました。そこでは、

「世界を操っているのは、国家の枠を超越する、「グローバリズム」という思想で、イギリスのシティーと、アメリカのウォール街の国際金融資本家たちの仕業。彼らユダヤ人は、マネーによる世界統一を狙っている。彼らと共産主義は、敵対どころか、同じ思想といってよい」と書かれていました。まさにコミンテルン工作。

 

トランプ政権の誕生。トランプさんは「グローバリズム」とは一見反対の政策をとろうとしていますが、ウォール街の大物やロシアとの関係が深い閣僚が堂々と起用されており、馬淵氏の見立てどおりです。トランプ氏のもといち早く馳せ参じた安倍さん。安倍長期政権はきっと彼らの方針に叶っているのでしょう。(反論があれば、ぜひお聴かせください。)

 

今朝、北朝鮮はミサイルを発射しました。「断じて容認できない。強く抗議する」と、相も変らぬ安倍さんのコメントを聴いて家人が「断じて日本は動かない」じゃないの?と嘆息していました。特定失踪者問題調査会の荒木代表も、「断じて容認できないなら、もう抗議はやめて具体的措置をとるべきです。直接の被害が出る前に。」と書いておられます。

 

日本人拉致を黙認し、国民の目から隠蔽し、北朝鮮が拉致を白状してもなお、解決できず放置する罪深き自民党。安倍さん。新しい日本を作るなら、まずこの党を一度解体し、あらためて憂国の士を集めて再結成すべきだと思いますが、いかがでしょうか?あなたが本気でやろうと思えばできるのです。姑息な方法での長期政権はゴメンです。

 

 

 

2017年5月 8日 (月)

(264)安倍さんの政治

今年も「中之島まつり」にブースを出し、署名を呼びかけました。幸い3日間とも好天に恵まれて昨年を上回る署名をいただきました。しかし、いつまで続けなければならないのでしょうか。愚痴のひとつも言いたくなるのは、私たちのささやかな闘いに、安倍政権が本気で拉致被害者を取り返そうとしていないからです。

 

今年の国民集会には行きませんでした。毎度同じことの繰り返しだから。安倍さんは今年の集会で「私が司令塔になって、解決する」と言明したそうですが、ではこれまではやはり、外務大臣に任せていたということでしょうか?この人の言葉にこれまで一喜一憂してきたご家族の身になれば、正直もうたくさんという心境ではないかと思います。集会で横田早紀江さんは、拉致被害者を取り返せないことは国家の恥だとおっしゃった。これは間違いなく安倍内閣に向けられているのです。家族にここまで言わせる安倍さん・・・。

 

挨拶だけすると、司会者は「公務のため安倍総理は退席されます」と言い、首相は会場を後にしたそうですが、翌日の「首相動静」によると、まっすぐ公邸に戻り、4時半には、母上の安倍洋子さんと銀座の和光で開催されている書家の個展を鑑賞。「『挑』と『柔』(の字)が印象に残った。私も柔軟に挑んでいきたい」と感想を述べたという。矢萩春恵という書家が国益にどう関わっている人か知らないが、むしろ正直に「私は親孝行のためこれから母と個展を見に行き一緒に過ごします」といった方がまだましで、逆に親子の情を大切にする人だからと「司令塔」への期待が高まったかもしれません。

 

53日の憲法記念日に、安倍さんは憲法改正を願う民間団体の集会に、ビデオメッセージを寄せました。①2020年までに新しい憲法を施行したい、②9条の1項と2項はそのままにし、新たに3項を書き加えて、自衛隊を憲法に位置づけ(自衛隊違憲論を封じる)、③高等教育の無償化の3点に言及し、2020年の東京オリンピックの年を、新しく生まれ変わった日本にすると主張しました。

 

これまで自民党のなかで一度も議論されていない内容での憲法改正をぶち上げたその日、安倍さんは山梨の別荘へ。今年の連休は、北欧諸国への訪問をドタキャンするほど北朝鮮情勢が緊迫しているはずですが、トランプ氏と「何も起こらない」ことを確認できたからか、翌日はゴルフに精を出していたそうです。

 

以上の事実をどう見るか。

 

これまでにも触れたように、安倍さんは拉致被害者の救出など真剣に考えてはいない。頭の中は、2020年のオリンピックのときに首相でいたい、そして憲法改正を初めてやり遂げた首相として名を残し、祖父岸信介を超える存在になる。そのためには、憲法9条に第3項を書き加えるという奇策で、常々「憲法改正ではなく、『加憲』を」と主張する公明党と、教育無償化を憲法改正の柱にしたい日本維新の会を抱き込む・・・。きっとこのアイディアを思いついた彼の胸中は嬉しくてたまらないことでしょう。(事実、有力な改憲論者も安倍手法でしかたがないと思い始めているようで、まことに残念。)

 

これを野望の政治だと言ったら言い過ぎでしょうか。上記の「加憲」による9条変更で、果たして「美しい日本の憲法」になるのでしょうか。ここ数年の筆者の安倍さんへの懸念はいよいよ現実になってきたと思います。なぜこんな堕落した政治が許されるのか。

 

あなたは拉致被害者を助け出すために、なぜ政治生命を懸けないのか。

今の憲法では、国民を守れない、救出できない、だから憲法は前文からすべてを見直さなければならないと、なぜはっきり国民に説明し訴えないのか。

もしあなたが出来なくても、あなたが身を捨てて行動すれば、後に続く人がきっと出てくる。そうしなければ日本は衰退していくだけだ。

 

志を貫けず、腐敗していく与党政治家。ろくに勉強をせず、プラカードしか書けないような野党政治家。彼らを選ぶしかない国民の悲運を思う毎日が続きます。

 

 

 

2017年4月29日 (土)

(263)「昭和の日」に畏れながら

今日は昭和天皇の誕生日で、今は「昭和の日」と名前を変えた祝日。この日から55日の「こどもの日」頃までが、いわゆるゴールデンウィーク(今は大型連休というらしい)で、昔から楽しみなシーズンではあります。もっとも最近、53日~5日の三日間は大阪中之島一帯で行われている「中之島まつり」に、「拉致被害者救出支援」のブースを出している関係で、あまりゆっくりできなくなっていますが・・・。

 

昨年8月、今上陛下が「お気持ち表明」というお言葉を発せられました。お歳を召したため、もうこれまでのようには動けないので退位したいとの意向をにじませる内容でした。何年も前から皇居の中ではお話になっていたそうですが、政府がいっこうに動かないので、ついにしびれを切らされたものと言われています。

 

さっそく有識者会議というのが設置され議論が続けられてきた結果、皇室典範の改正は行わず、一代限りの特例法を作って陛下のご意向に沿い、平成の御世は30年までとし、再来年の初めに皇太子殿下が即位されることになったそうです。こと皇室については、与野党とも多少の意見の相違は衣に包んで合意したこと自体、評価されてよいと思われますが、一国民として今回の措置には疑念が残ります。

 

昭和天皇は大日本帝国憲法(明治憲法)下で即位され、先の大戦について開戦、終戦に関わられましたが、今上陛下は、国民統合の象徴という現憲法下で初めて即位されました。「象徴天皇」という、曖昧な地位にあって何をどうすればいいか、悩みながら務めてこられたことは想像に難くありません。諸外国とも親善訪問以外に、戦場となった東南アジア諸国への慰霊訪問も数多く、また大震災をはじめとし災害に遭った国民への慰問、激励の旅もたくさんこなされてきた。正直疲れ切った、というお気持ちはよくわかります。

 

ただ、天皇皇后両陛下が、高齢になられたのちも、避難所を訪ねて被災者の前に膝を屈して話しかけられるお姿を見て、そこまでされないといけないのかと感じた国民も多いと思います。多くの一般国民が65歳で定年となることを思えば、もっと早くに政府が陛下の公務の削減を大胆に進めていくべきであったし、心臓の大手術をされたあとの海外訪問などは当然お止めすべきだったのです。陛下からお気持ち表明を受けるまで放置していたこと自体、歴代総理大臣はじめ政治家の怠慢ではないかと思います。

 

ご退位を一度認めると今後どんな事情で天皇の地位に関わる問題が生じるかもわからないのですから、現憲法と典範が生前の譲位、退位の規定を置かなかった意図を尊重してほしかったと思います。崩御イコール退位だからこそ国民は天皇への敬慕を持ち、海外からも尊敬を集めているのですから。

 

また、ときに陛下のお言葉に散見され、皇太子殿下におかれてはかなり明確に語られる「反戦平和」についても、先の大戦で日本のために戦った英霊たちの思いを考えると、違和感を禁じえません。この世で平和を願わないものはいないのです。しかし平和を守るために、ときに戦わなければならないというのが人間世界の宿命なのですから、皇室からことさら「平和憲法を大切にしていく」といったお考えを述べられることは、まことに畏れ多いことではありますが、おやめいただきたいのです。

 

 

2017年4月25日 (火)

(262)黒澤明の「生きる」

毎月の映画会で、町内の皆さんと一緒に黒澤監督の「生きる」を鑑賞しました。初めて観るという方ばかり。しかも9割方は年配の方で、少々テーマが重すぎるかと案じましたが、観終わった後の集会所の中は言葉にできない深い想いに満ちているように感じました。すぐに席を立つ方はひとりもなく、むしろ感動で立ち上がれない、といった様子でした。

ああ良かった。きちんと受け止められた。それにしてもうちの町内の皆さんのレベルは高いなぁ。心配はまったく杞憂でした。

 

昭和27年の作品で、みんな生きることに必死の時代であったはずですが、終わったばかりの戦争を取り上げることなく、市井を描きながら「生」と「死」の意味を問うとは、さすが黒澤の視点は凄いと思います。末期がんに侵され余命いくばくもないと悟った主人公が、数カ月の人生をどう生きたかを主軸としながら、主人公と息子夫婦の心の断絶や、事なかれ主義の役人たちを丹念に描いていて重厚な人間ドラマとなっています。

 

主人公は早くに妻に先立たれ、再婚話も断って一人息子を育てることを生きがいにしてきました。その息子夫婦と同居をしているのですが、自分が末期がんであることを最後まで話せません。息子の嫁が主人公と別居しようと言い、息子も自分の退縮金をあてにしていることを偶然聴いてしまったからです。息子の野球の試合を応援に行ったときや、息子が入院し必死で介抱したときのことなどを回想する息子との思い出のシーンで、主人公がいかに息子を生きがいにしてきたか、しかし最後の最後で何の力にもなってくれない絶望感と無力感が描かれ胸を打ちます。

 

主人公の通夜の席で、上司や同僚たちが主人公の死についてそれぞれの思いを語り合いながら、書類にハンコを押すだけが仕事だった主人公が、ある日人が変わったように市役所中を歩いて公園建設を訴えていたのはなぜか。結局公園を作ったのは誰の功績だったか、役人たちに侃々諤々議論させて役人たちの人間性に迫っていくという脚本の巧みさ・・・。

 

そして何よりも、志村喬演じる主人公が訥々と歌う哀切な「ゴンドラの歌」の歌詞、「命短し、恋せよ乙女・・・」が、人生どう生きるか悩める主人公の心をみごとに表現しています。人間は独りで生まれ、最期も独りで死んでいく・・・この宿命と、ならば与えられた生をいかに生きるかを観客にストレートに突きつけてくる黒澤の思い。今の時代にもますます輝きを増す、やはり日本映画の秀作です。

 

 

2017年4月15日 (土)

(261)「一触即発の」半島情勢

46日、アメリカのトランプ大統領が、シリア政府軍の化学兵器使用への対抗策として、米軍に対しシリア軍基地への空爆を命令したニュースは世界中を驚かせました。事実トマホーク砲を59発も撃ちまくったのです。

 

しかもその命令は中国の習近平主席を招いていたトランプ氏の別荘で行われ、習氏はそのことを直接大統領から耳打ちされて、何も応答できずにいたということや、トランプ氏とは「いい関係」だったはずの、シリアの後ろ盾、ロシア・プーチン大統領の面目も丸つぶれで、さすがにトランプ氏、何をしでかすかわからないという前評判通り(?)の行動で、同時にミサイル乱射や核実験を繰り返す北朝鮮の金正恩の肝をも潰させる効果もあったようです。

 

今日15日は金日成生誕105年の記念日で、もし北が核実験を行う徴候を見せたら、米軍は直ちに北に向けて空爆を行うとしていて朝鮮半島情勢は一気に緊張状態となりました。実際原子力空母カール・ビンソン、ロナルド・レーガンをはじめとする強力な実行部隊を朝鮮半島付近に集結させています。

 

これまでは一方的に世界を挑発し、「瀬戸際外交」をやってきたのは北朝鮮でしたが、今回はアメリカも挑発には屈しないという方針を明らかにし、軍事行動の準備を終えたということで、世界が固唾をのんで見守っています。一方の当事者であるはずの韓国は、朴大統領を罷免、逮捕までしてしまい、次期大統領選挙直前というタイミング、いったい朝鮮半島はどうなるのでしょうか。

 

残念ながらわが日本も韓国と似たり寄ったり。北朝鮮が崩壊したとき、拉致被害者を取り戻せるのかという議論がやっと現実味を帯びてきたという状況です。しかも安倍首相は、日本の法制度では自衛隊を救出に向かわせることはできない(なぜなら相手国の同意が条件だから)、アメリカ側の協力を要請していると答弁しています。

 

こんな人が「すべての拉致被害者を取り戻し、家族のもとへ返すのが私の政権の使命」だと言っていたのかと思うと慙愧に堪えません。左派の野党は「アベ政治を許さない。安保法制は戦争法」などと世間をあおっていましたが、大丈夫、安倍さんに戦争する覚悟なんてありませんよ、買いかぶりすぎです、といってやりたいぐらい。ああ。

 

トランプ氏の狙いは北朝鮮の崩壊ではなく、中国をうまく動かして北朝鮮の首根っこを押さえさせて事態を収拾(中国の属国化)、中国の役割を作ってやったと恩を売って、経済関係で果実をとる、という計算ではないのかと思います。

 

この機会に拉致被害者を救出できればもちろん結構なことだけれど、今の政権にそんな力はありません。万が一、トランプ氏が「盟友」安倍さんの要請を聴き入れて救出してくれたら、本当に日本は51番目の州となるか、あるいは州には入れてもらえず、中国との間の防波堤としての役目を果たす正真正銘の属国になるということではないかと心配の種は尽きません。

 

腹の据わった政治家やいずこに?

 

 

 

2017年4月 6日 (木)

(260)はなむけの言葉

ことしの春は、お水取りが終わっても、彼岸が過ぎても、結構な寒さが続き、全国的に桜の開花がずいぶん遅れてしまいました。近くの公園ではようやく咲き始めましたが、日当たりの悪い一部の木はまだ蕾です。

 

桜が咲こうが咲くまいが、世の中では、新年度が始まりました。すでにリタイアした者にとっては、学校や会社の新入生の姿はまぶしく映ります。新たな旅立ちに胸のなかは不安と期待でいっぱいになっているのだろうな・・・。みんな頑張れよ!といいたくなります。

 

この拙ブログを読んでくれる新入生、新入社員は皆無だろうけれど、人生の先輩として餞の辞を少々。(もちろん、すべて筆者の反省からでたことで、もう一度人生をやり直せるとしたら、こうしたいと思うことですから念のため。)

 

新しい世界に入った君たち。これからすべての結果は自分が背負わなければならないのだと心に決めてください。「自己責任」といいますね。これまでは親をはじめ誰かの庇護を受けて育ってきたので、うまくいかなくても「誰かのせい」にしておけばよかったのですが、そうはいきません。また、いろいろな局面で、ふたつの分かれ道に出会ったらどちらかを選択していかなければなりません。そのとき、安易な道、楽な道は捨てるほうが、概して結果は良いことが多いということを知っておいてください。

 

去年、電通という会社で新入社員が過労自殺をして、いっそう働き方について政府が口を出していますが、政府の考えは愚の骨頂だと思います。残業時間は月100時間までと決めて、それを守れる会社はどれほどあるか、政府はわかっていない(わかっているが、何かしないと政府が批判されるから自分たちの保身のためにやっている)のです。実際はサービス残業が増えるだけで、問題解決にはつながりません。

 

もし、死にたいほど苦しい職場なら辞めればいい。自殺した彼女は東大を出た優秀な人だったそうです。きっと親や身内からの期待も大きかったでしょう。この場合、せっかく入って間もない名門会社を辞めることのほうがたぶん苦しい選択だったと思います。安易にズルズル判断を遅らせた結果、悲惨な結果となったと考えられます。

 

(本件ついでにいうと、母親が、娘が自殺に追い込まれたと会社を批判している姿は、あまり良い印象を持てませんでした。頭は優秀でも精神的にたくましい人間に育てられなかった親の不明を恥じるほうが筆者にはしっくりきます。)

 

たとえば、それほどひどい職場なら、同じ思いの仲間と一緒に、労働環境の改善に立ち向かうという手段もあったと思います。今は組合が機能している職場は少ないのかもしれませんが、それ自体問い直されるべきでしょう。理不尽には徹底して闘う姿勢を持ちましょう。これが二つめのアドバイスです。

 

君が闘い、もし会社から睨まれた場合、出世の妨げになるかもしれません。が、こうした「冷や飯」は早めに食ったほうがいいと思います。若いうちの正義感をきっと評価してくれる人が出てきます。人をねたむ上司はこうはいきませんが、いずれ上司も入れ替わりがあります。ときがくるのを待つのです。このへんが人生のおもしろいところです。最初から最後まで順風満帆の人は、まずこの世にいません。チャレンジして失敗するのとチャレンジしないで失敗するのでは大きな差がでてきます。

 

最後にもうひとつ人間関係。誰でも慣れない人とうまくやるのは難しい。田舎育ちで人見知りの筆者は人間関係で結構苦労しました。人と仲良くするにはまず自分から、本音というか、自分らしいところを出すこと。そうすれば半分くらいの人とは心が通じるようになります。(あと半分からはバカにされるかもしれませんが、それはそれでいいではありませんか。)

 

人を見る目は今もあまり自信がありません。つい性善説で人を見てしまうからだと思います。かと言って性悪説では人と仲良くできません。その匙加減は経験によって獲得していくしかないですね。

 

70歳を越した筆者と今もつきあってくれる友人。そう数はいませんが、長い人生の宝物はやはり友人。電話一本でいつでも呑みに出かけられる友人が何人できるか、そういう視点で毎日をみていればよかったなぁと、これは悔いの残るところです。

 

一度きりの人生、どうか君らしく、生きがいをもって生き抜いてほしいと願います。

 

 

2017年3月27日 (月)

(259)大相撲春場所の奇跡

昨日は稀勢の里の優勝に感動させてもらった。

全勝で迎えた13日目。日馬富士に押し倒されて桟敷に落下し、左肩を負傷、出場さえ危ぶまれたが、新横綱は残す2日間の強行出場を決意。14日目は鶴竜になすところなく寄り切られ、122敗で迎えた千秋楽。131敗の照ノ富士との一戦は、誰が見ても稀勢の里不利で、多くの人は、体をこれ以上痛めないようにと祈る気持だけだっただろう。

 

本割の一戦。まず立ち合い、横綱は痛い左肩をかばって右に変化したが、わずかに呼吸が合わないと見た行司がやり直しを命じる。微妙なタイミングに見えた。ここが勝負のアヤだったかもしれない。2度目の立ち合いは左に変わった。必死の差し手争い。しかし照ノ富士に押し込まれた。土俵際を伝いながら捨て身の突き落とし。左ひざを痛めている照ノ富士の足はついていけなかった。そして優勝決定戦へ。場内は興奮の坩堝と化す。

 

132敗同士の決定戦。今度は照ノ富士があっさり2本差して寄り切るかに見えた。しかしまたもや土俵際、横綱は渾身の右小手投げを打つ。一瞬早く大関の体が先に落ちた。2番とも大関は相撲に勝って勝負に負けた格好。奇跡的な逆転優勝となった。

 

最近は白鵬はじめモンゴル出身者が上位を席巻し、日本人力士の不甲斐なさに正直なところ相撲への関心は消え失せていた。今回久しぶりの日本人横綱誕生と囃されたが、不愛想かつ太々しさが目につく茨城出身の彼を応援する気にならなかったのだが、昨日土俵下で国歌を歌いながら途中涙を堪えられなくなったその姿を見て、こちらの心も震えてくるのだった。

 

「泣くまいと思っていたのに・・・すみません」と照れ、「今場所は見えない力を感じました」と率直に語る彼の姿に大和魂を見る思いだった。強い責任感のなかで精進を重ねた者にのみ与えられる見えない力・・・。他の力士たちに、横綱とはどういう存在かを身をもって知らしめたことと思う。

 

昨日は日本の国技、大相撲が復活した日として祝福したい。

 

 

 

2017年3月20日 (月)

(258)箱根を旅する

少し気持ちにゆとりが生まれ、箱根に小旅行をしてきた。なぜ箱根?であるが、何気なく見ていたテレビの旅番組で、箱根にはスイッチバックの箱根登山鉄道とオリエンタル急行の客車があると知ったから。行先はたいていこんな具合に決まる。

 

箱根山は新芽が見られる程度でまだまだ冬の風情である。新緑だったら、紅葉だったらと想像しながら行くしかない時節なのでもちろん空いてはいた。今や驚くことではないが、すれ違う旅行者の半分くらいは中国人。日本人では卒業旅行の女学生のグループくらい。行った夜に雪が降り翌朝は雪景色が見られたが、日中は傘をさす必要はなく、天気には恵まれた。(雪が降ったおかげで山腹に「大」の字が白く浮かび上がった。ここでも京都と同じ816日に「大文字焼」をするという。)

 

大涌谷、芦ノ湖、仙石原の大自然はもとより、歴史を感じさせる宮ノ下の街道、箱根駅伝ミュージアムや、箱根関所博物館など結構楽しめる施設もあった。美術館も多くあるが、行程上一部しか見られなかったのは心残りである。しかし今回の動機となった箱根登山鉄道とオリエンタル急行は期待を裏切らなかった。

 

登山鉄道は、最急勾配日本最高の80‰(パーミル)という、碓井峠をはるかに上回る急坂を上る。また半径30mというこれもめったにない急カーブ箇所を擁する。粘着式ブレーキや、鉄路の摩耗を防ぐため散水しながら走るなどの特徴がある。

スイッチバックは片道3回、運転士と車掌がそのたび入れ替わる。車窓を眺めていると自然に唱歌「箱根山」の歌詞が浮かんでくる。まさに「万丈の山、千仞(せんじん)の谷」に迷い込んだように電車はゆっくりと進んでいく・・・。

 

オリエント急行の客車は、ルネ・ラリックの作品を集めた「箱根ラリック美術館」に鎮座していた。1929年製のサロンカーで、車内の装飾を手掛けたラリック制作のガラスパネルが150枚も使われているという。これだけ手入れされ現存している車両は世界中でもここだけだろうという。ラリックの作品を蒐集した日本人実業家のおかげである。モスグリーンのシートの中には藁が使われていて座り心地がよい。黄色のテーブルランプのもとでシフォンケーキと紅茶をいただく。ささやかな贅沢を味わいながら旅を締めくくった。

 

2017年3月12日 (日)

(257)「ラインの黄金」

今日は寒風も去って久しぶりに良い天気になりました。毎年気が重い確定申告を何とか提出できた安堵感もあり庭に出ると、どこから飛んできたのか芽を吹いている名も知らぬ植物の健気さや、少しずつ領地を増やしている苔のたくましさに、思わず微笑みたくなる自然がありました。「オレが、オレが」と大騒ぎしている人間どもの脇で、植物たちは何に頼ることもなくひとり生きている。静かに、しかし懸命に。

 

学生時代の合唱団仲間と一緒に行く恒例の3月「びわ湖ホール」のオペラは、ワーグナーの「ラインの黄金」。先週の日曜日でした。今年を皮切りに4年に亘って楽劇「ニーベルングの指輪」4部作が上演されます。3年後の「神々の黄昏」。それまでは、元気でいたいと、口には出さないが仲間はみな思っているようでした。鑑賞後は京都で一献。これも恒例。限られた時間でしたが、祇園のバーで二次会も。「サンボア」は古い店で来年は100周年を迎えるということでした。

 

さて、「ラインの黄金」。ラインの川底に眠る黄金を守っている3人の乙女たちは、醜い小人のアルベリヒからの求愛を拒絶したため、怒ったアルベリヒに黄金を奪われてしまいます。この黄金から指輪を作れるのは「愛」を断念した者だけ。アルベリヒが「愛」を放棄し、世界を支配できる「権力」を得ようと指輪を作ることから壮大な4部作のストーリーが始まります。

 

黄金を奪われた乙女たちはこう歌います。

 

「ラインの黄金!きよらかな黄金!ああもう一度、けがれなき水底のおもちゃとして輝いて!」

「信頼と真心があるのは、ただこの水底ばかりで、上のほうでは、虚偽と卑劣が我が世の栄華を誇っている。黄金を返して!」

 

水底に眠っていた黄金が、ひとたび人間(オペラでは神々)の欲望によって指輪となると、残酷な戦いを引き起こす道具となってしまうという寓話をワーグナーは描いたのです。そして「愛」と「権力」は両立しないということを。

 

東日本大震災から6年。大自然からの警鐘を受けても、いつの間にか忘れてしまって、原発を少しでも長く稼働させようと考える愚かな為政者も、それを許してしまう国民もまた、目先の便利な生活を求めすぎる「指輪の呪い」と考えたい。草むしりをしながら、ワーグナーの響きを口ずさみ、思いを巡らせたひととき。生きている実感がありました。

 

 

2017年3月 3日 (金)

(256)日米議会の違い

トランプ大統領の施政方針演説を聴いた。上下両院の国会議員を前に、何を、どんな態度で話すのか興味があった。意外にも用意した原稿を素直に読み、態度もこれまでの大統領らしくない振る舞いは影を潜めて穏やかな感じさえした。支持率が40%台と低迷し、国民にこれ以上不安を与えてもいけないと政権内部で真剣に話し合ったのだろう。演説に好感をもった国民は80%近いという、打って変わった評価となったようだ。演説の中身は相変わらずの大風呂敷を広げただけだったのだが・・・。

 

しかし、日本の首相の国会演説とは大いに違うものがあった。国会議員の質なのだろう。まず、ヤジがない。みんな整然と聴いている。賛同した場合、拍手をし、スタンディングオベーションも惜しまない。野党の民主党席からも、個別の内容に賛同する人は周りを気にすることなく、立ち上がって拍手をしている。フェアだな、と感じる。

 

国防費を大幅に引き上げる、と言っても、冷静に聴いている。日本の首相がいえば、野党もメディアも、ただでは済まさないといった対応を見せるだろうが・・・。特殊作戦に従事して亡くなった米兵の家族が紹介され、「国家と国民、そして家族を守るために勇敢に戦った彼を誇りに思う」と大統領が弔意を表すと、議場の全員がこの日一番の長い拍手を、米兵の奥さんに向かって送っている。

 

南スーダンに派遣されている自衛隊隊員が、もし命を落とし、首相が同じことを言ったとして、国会はどういう反応を見せるのだろう。派遣自体が間違っていたと野党は騒ぎ立て、海外派兵を止めさせようとするだろう。そうなれば、命を落とした本人も家族も、救われない。国家の命令に命を賭して戦うのが軍人だ。ながらく戦争を戦っていない日本人は、自衛隊を軍とは言わず、隊員を軍人とは呼ばない。ISと戦う米国の感覚はなかなか理解できないだろう。

 

今日も国会では、「愛国教育」を行っている幼稚園が、豊中市に小学校を新設するその用地問題で長い時間をかけて質疑をしている。端数はあるが、約9億円で評価されている国有地をたった1億円に値引きした、その差額8億円は、地中に埋められたゴミの撤去費だというのである。この小学校の名誉校長に安倍首相夫人が就任していたというので、野党からの追及は日増しに強まっている。首相もつい「私が関与していたのなら、総理を辞任する!」と啖呵を切ってしまった。果たして無事逃げ切れるか。飼い犬に手をかまれた首相、ピンチである。

 

私立学校の認可問題が起こったついでといっては何だが、国会は東京都に朝鮮大学校の認可取消しを勧告してもらいたい。この大学校は、北朝鮮の金日成を賛美していた当時の美濃部東京都知事が認可したもので、その後、この学校のエリートが、日本人を拉致する工作員になっているといわれている。

 

つい話題がとんでしまったが、日本の国会議員には、米議会の良いところは学んでいただかねばならないし、周辺国の軍事力が増すなか、現実的な国の防衛とはいかなることか、大いに議論してほしい。

 

 

 

2017年2月20日 (月)

(255)舞台劇「めぐみへの誓い」大阪公演

一昨年、政府の拉致問題対策本部との会合で、「たしか横田めぐみさん拉致を描いた演劇があると聞いたことがあるが、その後どうなりましたか?」と尋ねたところ、「各地で公演をと考えているが、なかなか自治体が手を挙げてくれないので、西日本ではまだやったことがありません」とのことだった。

 

聞けば公演費用は一切国が負担し、自治体の仕事は会場の手配、広報と集客の受付くらいで、チラシ・ポスターの作成から、当日の細かい現場作業まで、国の入札で請け負った業者がみんなやってくれるという。

 

驚いた。そんな好条件でも開催の手を挙げる自治体が少ないとはいかがなものか。事実、公演実績を見ると、平成25年度:新潟市(2日間)のみ、平成26年度:横浜市、東京都(2回)、北海道石狩市(2日間)、平成27年度:秋田市、川口市、北秋田市、そして今年度は6か所、秋田男鹿市、福岡市、仙台市、沖縄浦添市、福島白河市、そして今回の大阪となっている。

 

過ぎたことは言うまい・・・とは思いつつも、しかし、ここにお役所仕事の典型を見る。国は「拉致問題啓発舞台芸術事業」と銘打って予算は確保した、しかし自治体に通知しても、仕事を増やしたくない自治体は手を挙げないのである。拉致問題への取組み姿勢とはこの程度のものかとあきれてしまう。当該予算を単純に今年の開催回数で割ってみると、大阪公演にかかった費用は67百万円と推定される。大阪の入場者800人として、一人当たりおよそ8,000円かかっている!

 

昨年3月、新年度の事業予算がついたことを政府に確認したうえ、大阪市、堺市(政令指定都市)にその情報を提供し、国から通知があったらぜひ手を挙げるようにと申し入れた。大阪市の担当課の動きが良くないので、人権局長を引っ張り出して要請した。局長の反応は前向きであったが、それでも単独の開催はできない、大阪府と共催にしたいと言ってきた。調整に手間取っているうちに、福岡市が先に日程(11月)を組んだので、西日本初とはいかなくなったが、何とか今回関西初の公演が実現した。

 

劇団夜想会の公演は素晴らしいものだった。いや素晴らしいという形容詞はこのテーマには適当ではないかもしれない。脚本も演技もとにかく凄かった。拉致の残酷さ、非情さ、北朝鮮招待所での被害者の描写(なかでも教官に脅迫されて、朝鮮語で金日成、金正日への忠誠を延々としゃべりつづけるめぐみさんの姿など)、突然肉親を奪われた家族の混乱、孤独な闘い、2002年、北朝鮮発表の死亡宣告を真に受けて家族に伝えるだけの政府等々、たくさんの内容を見事に構成している。めぐみさんとご両親の、「会いたい」「帰りたい」という思いが、夢や回想といった演出で的確に描かれていた。原田大二郎さんはじめ俳優たちの魂の演技、絶叫が今も耳を離れない。

 

娘の拉致が濃厚な大阪市の福山はるみさんが筆者の横で観ておられた。ずっと泣いておられた。拉致のむごさに耐えられないご様子でつらかった。

 

筆者が13年やってきた支援活動は何だったのかと考えさせられた。被害者やご家族の苦悩について、これまで何度も語ってきたが、正直それはセンチメンタルなものに過ぎなかった。この演劇を観てはじめて“命がかかっている”ということの意味を実感できたと思う。本当に恥ずかしく思った。

 

安倍首相も、ある程度の数の国会議員も観ただろうが、この劇をどう感じたのだろう。普通の神経感覚を持っていたら、自分の使命を悟り、力の限り救出に動こうとするはずだ。今もって一人も救えていないということは、あまりに鈍感すぎるのではないか。もう一度観てほしい。最優先課題だ、自分の内閣の使命だ、と言いながら、できない言い訳ばかりを考えている政府にあらためて怒りが湧いてきた。

 

この演劇を、高校生など若い世代にぜひ観てもらえるように政府に訴えていきたい。われわれ高齢者が観るのに多額の国家予算を使うのはあまりにもったいない。高校生は国費で無料、一般は有料としたら、いくらかでも公演回数を増やせるのではないか。40人の俳優、スタッフは2日前から大阪に来てリハーサルをしたそうだが、そこまでして800人の1回公演は、これまたもったいない。昼夜2回はできたのではないか。一人当たりコストも半減するはずだ。企画、準備する側も魂を込めて工夫してほしいものだ。

 

 

 

2017年2月14日 (火)

(254)安倍さん訪米

安倍首相がイギリスのメイ首相に次いで、トランプ大統領に会いに行きました。24日の行程は世界を驚かすに十分な内容でした。ホワイトハウスで会談したあと、エアフォースワンに一緒に乗り込んで、フロリダにあるトランプ氏の別荘に行き、ゴルフを27ホール楽しんだとあります。異例ずくめのこの安倍さんの行動への評価はさまざまです。

 

肯定的なものでは、理解不能の新大統領の懐に飛び込んでいき、強固な信頼を得た、リスクをとることで揺るぎない日米同盟を確認できた、さすがは安倍さん、100%の成功だった・・・。

 

懐疑的なものは、ビジネスライクなトランプ氏は本心を明かすような人ではない。安倍さんをまずは持ち上げておいて、これから繰り出してくるだろうアメリカの要求は厳しいものになり、押し切られていくのではないか、今の段階で喜ぶのは早すぎる・・・。

 

元サラリーマン、小心者の筆者は、とっても心配です。だって、あんな豪華な別荘での滞在、ゴルフ、費用はすべてトランプ氏の個人持ちだといいます。それは親しくはなったでしょう。しかし、今後のトランプ氏の不当な要求に異議を唱え、日本の国益を守ることはできるだろうか。いったん接待を受けてしまうとあと泣かされるはめになる・・・これは一般の会社でも、国家でも、基本はおなじではないのかな。トランプ氏に最初に会ったメイ首相は、トランプ政権の中東7か国からの入国禁止措置に、明確に懸念を表明していますが、安倍さんは、内政への干渉になると口をつぐんでいます。

 

若いころから不動産業界でのし上がってきたトランプ氏。その仕事ぶりを描いたドキュメンタリー番組を先日見ましたが、トランプ氏のやり方は、まるでバブル期の日本における「地上げ屋」をほうふつとさせるものでした。カネの力にものをいわせて情報を収集し、法すれすれの手法で土地を買収し、買った土地に居住するテナントは容赦なく追い出し、巨大なビルを建てていく。

 

カジノ事業での莫大な利益など、あくなき欲望を次々実現していく若き日のトランプ氏の言動は、大統領選挙を戦っているときの姿と基本は同じです。まともな人間の価値観では測れないトランプ氏に抱きしめられて、ニコニコしている安倍さんを見ていると、不安より恐ろしささえ感じました。ああ、これから日本は大変だなあと。

 

何度か書きましたが、安倍さんの頭の中は長期政権と世界のリーダーになるという野望しかないようです。トランプ氏に依存する日米同盟など、むしろ危険極まりないと思います。自主憲法制定にまともに向き合わない(再登板後、もう4年になるのに、糸口さえみつからない状態で、まじめな右派の人たちも不満のようです。)、拉致被害者のことを忘れ、困難な課題は避け安易な道を選択していく、まずいことにまわりに諫言する人物もいない。こんなときにも重箱の隅をつつくようなことしかできない野党のおかげで支持率は上がっているが、決して喜べないと思います。

 

これからの日本はどうなっていくのか・・・。杞憂であるに越したことはないのですが、でも心配です。

 

文藝春秋3月号に、脳科学者の中野信子氏が、「トランプはサイコパスである」と題した記事を書いています。サイコパス人間の最大の特徴は「冷酷な合理性」だといいます。大多数の人の脳は、他人を慮ったり、温かなふるまいをするもので、冷酷な判断を下すときには脳にかなりの負荷がかかるが、反対にサイコパス人間は使う脳の場所が違うので、疲れることなく、易々と冷酷、非情な判断が下せるというのです。

 

トランプ氏の場合、根拠のない自信家で、既存メディアを極端に嫌い、人をモノとして扱う、人間関係は利害関係でしかみない、といった特徴があり、これらはサイコパス人間であることを示しているそうです。安倍さんとも利害が一致している今は親しくふるまっても、基本的に「友情」、「信頼」といった種類のものではないので、自分に利がないと判断すれば一瞬で破局する、安倍さんもドライに対処していく必要があるとアドバイスしています。

 

織田信長も典型的なサイコパスで、浅井長政や明智光秀に裏切られた。トランプ氏にも同様なことが起こるかもしれないし、自分の価値が発揮できないと判断すれば飽きて職を投げ出す可能性もある・・・。

 

安倍さん。あまり浮かれないことですね。

 

 

2017年2月 9日 (木)

(253)「沈黙」と「不干斎ハビアン」

二月は逃げる・・・まったく。矢のように日が経っていく。

4日の立春は少し春めいた感じであったが、9日の今日は今冬初めての雪らしい雪が降り、10センチほど積もっている。

 

「沈黙-サイレンス-」についての評論家のコメントをいくつか。

 

「スコセッシは、遠藤周作が行間に込めたものを、日本人が母語で読むよりもはっきりとつかんでいる。信仰は棄教してもなお深まると遠藤は問いかけている」(若松英輔氏)

「絶対的な神の世界から、別のおぞましい世界に行ってしまった人間が、そういう世界を理解して生きようとする。そこにこの映画の現代性がある」(佐藤忠男氏)

「信仰を超越的なものではなく、答えの出ないものとしてとらえた」「転ぶ(棄教する)方が神の御心に沿う。土地に合わせ、自分なりの信仰を見つけよう。信仰は超越的なものではなく、状況の中でどう動くかだ――遠藤もスコセッシもそう考えている」(アーロン・ジェロー氏)

 

前回触れた「不干斎ハビアン」(釈徹宗著)。禅僧からキリシタンとなり、のちキリスト教をも棄てた宗教理論家の物語である。

 

まず仏教への批判書として「妙貞問答」を著した。妙秀と幽貞という二人の尼僧の問答で二つの宗教の違いをわかりやすく解説した。ポイントは、「仏教は(最終的に)無や空に帰着するので救いがない」「(仏教には神という)絶対者の概念がない。釈迦も諸仏も人間であり、造物主ではない」などと。「妙貞問答」はイエズス会のみならず、他の修道会でも布教のテキストと使われたという。

 

しかし、その後ハビアンは「妙貞問答」を自ら全否定し、「破提宇子(ハデウス)」というキリシタンの誤りをまとめた書を著した。「真に人間を救うのは人間にはなしえぬ。神でなければ」とキリシタンはいうが、「天地開闢からイエスの誕生まで5000年。その間、無数の人が(キリスト教を知らないため)死んで地獄に落ちるのを放っておいたのか。神は無慈悲である。」などと。

 

キリシタン教団への批判もおもしろい。

「キリシトの血肉として、パンを食べ、ぶどう酒を飲んでいる。信用できない」「南蛮人は日本人を人と思っていないから、日本人キリシタンはみなおもしろくない、と言っている」「デウスの人は無欲で慈悲深いといわれるが、本当は強欲である。」等々。宣教師たちを中から見た実感なのかもしれない。

 

しかし、またまたハビアンは、「京都において、修道女と駆け落ち同然に退会・棄教した」のである。信仰を守るということがいかに困難なことであったか、ハビアンはその見本のような、見方によっては実に人間臭い人物だった。

 

当然ながら遠藤周作はハビアンの信仰に疑問を呈している。遠藤は、すべてを同質化してしまう日本の宗教性とカトリックの信仰との狭間で苦悩し、その著書『沈黙』のなかで、「この国は沼地だ。この国は考えていたより、もっと恐ろしい沼地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった」と、(日本で棄教した)宣教師フェレイラに語らせている、と著者釈徹宗は記している。

 

「不干斎ハビアン」を読んでふたつのことが印象に残った。

 

ひとつは、布教のために日本に来た宣教師オルガンチノは、「日本人は、全世界でもっとも賢明な国民に属しており、彼らは喜んで理性に従うので、我ら一同に遙かに優っている。われらの主なるデウスが、何を人類に伝え給うたかを見たいものは、すべからく日本に来さえすればよい。私たちヨーロッパ人は、互いに賢明に見えるが、彼ら日本人と比較すると、はなはだ野蛮だと思う。私はほんとうのところ、毎日日本人から教えられることを白状する。私には、全世界でこれほどの天賦の才能をもつ国民はいないと思われる」と語ったこと。(もちろん一方で日本を軽蔑する宣教師もいたわけだが)

 

もうひとつは、山本七平がハビアンのことを「最初の日本教徒」と呼んだこと。「日本教」とは山本による日本人のエートス(行動様式)のことで、教義も儀礼も思想もないが、ハビアンこそ近代的日本人の第一号だという。これに共感した小室直樹氏も「あるべき姿そのままで生き抜く」日本教こそが最も高い宗教的価値を持ち、その自然の体系の中に救済も組み込まれている、という。

 

確かに、混とんとした世界情勢の中では、「沈黙する神」に依存することなく、「自然と一体となって自在に生きていく日本人」を取り戻すことこそ重要なことではないかと思う。

 

 

 

2017年1月31日 (火)

(252)映画「沈黙」

マーティン・スコセッシ監督が、28年温めてきたという遠藤周作原作の「沈黙-サイレンス-」を観に行ってきました。クリスチャンではないので深くはわかりませんが、映画としては実に素晴らしかった。残酷な拷問のシーンがたくさんありますが、見終わったあとには、不思議と静謐な印象のみが残っています。上映時間161分も長いと感じませんでした。「雨月物語」へのオマージュとして撮られた場面もあるそうで映像が美しい。来月のアカデミー賞で撮影賞にノミネートされたのも納得です。(作品賞や監督賞もノミネートされてしかるべきと思いましたが・・・。)

 

はるか昔に原作を読んだとき、棄教の証に(キリストの顔への)踏み絵を強要される信者が、「神はなぜ沈黙されるのか」と問う場面に、キリスト教だけでなく他の宗教でも同じことで、どんなに信仰心篤くてもそう簡単に人間が救われることはない、つまり宗教の限界を描いたものと思っていました。今回、映画のラスト近くで聞えてくる「私を踏みなさい」という神のことばに、やっと遠藤の言いたかったことが理解できたように思いました。(もちろん原作でもそう書いてあったと思いますが、映画でそのシーンを観るとまた特別です。)

 

スコセッシ監督は、「最初は棄教を迫られる宣教師ロドリゴに感情移入していたが、次第に何度も棄教を繰り返し、ついにはロドリゴを密告するキチジロー(窪塚洋介)がわれわれそのものだと感じるようになった、『弱き者に生きる場所はあるのか』と問うている(産経新聞評より)」。また監督は原作について、「(信仰を)信じることと疑うことは同時に進行していく。確信から懐疑へ、孤独へ、そして連帯へ、それが『沈黙』のなかには、注意深く、そして美しく描かれていく」とも言っています。

 

命と引き換えの過酷な環境におかれたとき、信念を貫けるのか、宣教師の場合、他のひとの命とも引き換えとなるのです。たとえ強い信念を持っていたとしても神ならぬ人間は、簡単に揺らいでしまうこともある。業の深さと常に直面しなければならない人間。この作品のテーマは容易に結論の出ないことですが、しかし、少しでも誠実に、良心を持って生きようとすれば、誰ひとり逃げられないことだと思うのです。相変わらずテロや戦争が絶えない世界。トランプというある意味“独裁者”を選んでしまったアメリカ。信仰とは何か。信仰は必要か。考えさせられます。

 

窪塚以外にも、イッセー尾方、浅野忠信、塚本晋也など日本人俳優の演技はどれも素晴らしかった。彼らはスコセッシ監督を敬愛し、オーディションを受けてキャスティングされた。すでに国際的に評価されている映画監督である塚本がオーディションを受けたとき、スコセッシ監督は、あの「六月の蛇」の監督ですか!と仰天し、塚本は、エキストラでも結構です、と答えたという。この映画の凄さがわかります。

 

帰ってから、釈徹宗の「不干斎(ふかんさい)ハビアン ― 神も仏も棄てた宗教者」(新潮選書)を読み直しました。「沈黙」に描かれた時代のこと、禅僧からキリスト教に改宗し、日本人キリシタンの理論家となったが、突然キリスト教も棄て、キリスト教批判の書を著したハビアンという日本人についてわかりやすく書かれたこの本については稿をあらためたいと思います。

 

 

 

2017年1月27日 (金)

(251)トランプ大統領登場

さる120日、アメリカ大統領についにドナルド・トランプ氏が就任しました。理念と言えば「アメリカ第一!」、これまでの大統領たちが掲げてきたそれとはまったく異なるものです。しかも就任後一週間で、12本の大統領令を出し続けている。これも歴代大統領とは比較にならない異常な回数だそうです。「メキシコとの国境に壁を作って、費用はメキシコに負担させる」、「TPPから永久に脱退」「オバマケアは廃止」「中東(国名を名指しして)移民受け入れ中止」などなど。

 

就任演説も「被害者意識」の丸出しです。

「われわれはアメリカの産業を犠牲にして、他国の産業を豊かにしてきた。」

「米軍の嘆かわしい劣化を招いた一方で、他国の軍に資金援助してきた。」

「自国の国境防衛をおろそかにする一方で、他国の国境をわれわれが守ってきた。」等々。

そして・・・

「われわれの雇用を取り戻す。」「われわれの国境を取り戻す。」「われわれの富を取り戻す。」「われわれの夢を取り戻す。」・・・「みんなでアメリカをふたたび強くしよう。豊かにしよう。誇り高くしよう。偉大にしよう。・・・」

 

辛坊治郎氏は、こんな感想を発信しています。いい得て妙です。

・・・「これって、沖縄の一部政治家や、沖縄のマスコミと同じ手法じゃん。」と思ったからです。大衆の怒りに火をつけ、「俺はお前たちの味方だ」と感じさせる一番いい方法は、大衆に向かって、「お前たちはあいつらのせいでひどい目にあっている。お前たちは被差別者であり、被害者なのだ。」と思い込ませることなんですね。

 

さてこの先世界はどうなっていくのか。日本はどうすべきか・・・。

日本もこれまでのようにアメリカに頼っていけなくなるから、真の独立国になるチャンスになる、という意見はもっともだと思いますが、これまで70年も、アメリカに「守られてきた」(と、勝手に思っていた)わが政府・国会(国民も)は本当にその気概を持てるのでしょうか心配はありますが、この際しっかりチェンジしなければ、世界の中で置いて行かれるでしょう。

 

安倍さんはトランプ氏を説得に行こうと考えているようですが、それはとても無理というもの。まずは、国民に次のように言ってほしいと思います。

 

「トランプさんの登場で、私はようやく目が覚めました。最近、広島や真珠湾で、オバマさんとうまくいっていたので錯覚していました。本当にお恥ずかしいことでした。

 

まず、胸につけたブルーリボンバッジの意味は何だったか、そう北朝鮮から国民を取り返すことだったのです。諸外国に協力を依頼して回ってはいたのですが、これは間違いでした。私自身がするべき仕事だったのです。さっそく北朝鮮に行って必ず被害者のみなさまを取り返してきます。そのためには私の命も差し出す覚悟で乗り込みますので、これまでのことはどうぞお許しください。

 

それから、わが憲法も、まず前文と第九条の改正からやるべきだったことをすっかり忘れていました。トランプさんから突き放されて気がつきました。日本と日本人を守る自前の憲法を作らなければなりません。もし公明党のみなさんが反対されたときは、連立を解消します。国民のみなさま。もう一度だけ私を支持してください。かならず立派にやり直し、日本、第一!を実現しますから。」

 

日本人はみな優しいから、受け入れるのではないでしょうかね。

もし、安倍さんができなければ、小池百合子首相が案外早く実現するのではないでしょうか。

 

 

 

2017年1月19日 (木)

(250)尾崎咢堂記念館

あまり良いことのなかった一年の締めをどうしようかと考え、押し詰まった旧臘の28日、伊勢神宮に参拝した。来年こそは・・・と念じたあと、伝統の味、伊勢うどんをいただき、ホッとする。一年間の思いやら、何もかもを包みこんでくれる優しさがそこにはあった。

 

高校の旧友に電話をし、尾崎咢堂記念館を案内してくれないか、と頼む。突然の願いを快く受けて車で迎えに来てくれた。ありがたい。故郷と旧友のやさしさに甘えて、年末最終開館日の静かな記念館を訪れる。尾崎咢堂の名前と「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれていることは知っていたが、その人となりはあまり知らずにいた。

 

資料を見ると、もともと伊勢の人ではなく、生まれは今の神奈川県相模市。父の転任により13歳でここ宇治山田に移住してきたが15歳になると慶応義塾に入学したというから、当地には2年ほどいただけか。16歳で「学者自立論」を執筆、福沢諭吉に見せ、その推薦を受けて20歳の若さで新潟新聞の主筆、のち報知新聞論説委員にも。妻繁子は長崎の人。

 

大隈重信らと立憲改進党創設に参加。政治家の道に入る。明治23年、第一回衆議院選挙で、家族の居住する三重五区から出馬。以降25回連続当選。39歳で大隈内閣の文部大臣に就任。44歳のとき、第二代東京市長にも就任。約10年、東京市政改革に取り組み、米国ワシントン市に、桜の苗木3000本を贈ったあと退任。国政に復帰。第二次大隈内閣の司法大臣など務める。

 

第一次世界大戦後の欧州を視察し、帰国後は普通選挙と軍縮を訴える。昭和12年、78歳のときに、辞世の歌を懐に、議会で決死の軍部批判を行う。昭和16年、大政翼賛会を批判、政府に反対質問するため登壇するが阻止される。ときに83歳。不敬罪で起訴されるも無罪となる。昭和20年、「休戦と新世界建設の構想」などを書くが、終戦となり、未発表に終わる。93歳で25回目の当選。95歳で初めて落選。衆議院名誉議員。東京都名誉都民第一号。

 

残念ながら伊勢で生まれた人ではなかったけれども、縁あって伊勢の人たちは63年間も、ずっと咢堂を応援し続けたのである。なかには親子、孫まで三代はゆうに、「尾崎」と投票し続けたということだから郷里の人たちを誇りたいと思う。(筆者の父も、咢堂を敬慕した三木武夫を生涯応援していた)

 

「咢堂五訓」にあるように、「人生の過去は予備であり、本舞台は未来にあり」を、身をもって体現し、理想の国家、世界を考え抜いて、その真情を世に説き続けた人生は見事というしかない。最終的に、人類の幸福、戦争の絶滅を実現するには「世界連邦」しかないとの咢堂の思いは、明日就任するというアメリカの新大統領の言行を見れば、まだ当分不可能となるが、だからこそ日本は大きな理想を育てていかなければならない。

 

 

 

2017年1月 8日 (日)

(249)ごまめの歯ぎしり

新年からいきなりずぼらをして今日が最初の更新です。

年末に書きましたとおり、ことしは年賀状を出すのを止めました。

年賀状をいただいた方には、以下のような「詫び状」を作り、これから投函します。

 

寒中お見舞い申し上げます

 早々御賀状を賜りありがとうございました。

昨年は申年が「去る年」になり、多くの友人や親戚を亡くし、さながら年中が喪中のようでありました。

そのうえ政府のあまりの無為無策の故に、一人の拉致被害者の救出も叶いませんでした。身勝手ながら、賀状を欠礼してしまいましたこと、お赦しください。                             

お子さま方の可愛い写真が写った御賀状をたくさんいただきました。私たちの祖国は私たちの子孫を本気で守る気があるのか、甚だ心もとなく感じます。かの国の工作員が今もなお暗躍しているというのに、スパイを取り締る法律ひとつ作れないわが政府、国会です。

何百人という数の拉致被害者の無念を思い、あと1年全力を尽くし、活動の区切りとする所存です。

横田めぐみさん拉致から40年。国民が拉致問題から学ばない限り、日本の将来はないと愚考します。

皆さまのご多幸を切にお祈り申し上げます。 合掌

  平成29年新春

 

詫び状といいながら、つい説教じみたことになって、受け取られた方から、何だ!これが詫び状か!と叱られるかもしれません。届く前のお怒りを軽減してもらえるようにここに披露させていただきました。

 

いただいた年賀状は、どれもその人となりを感じさせるものだとあらためて思いました。毎年拉致被害者のことを書き続けている筆者のような(無粋な)者は、どなたもいません。日頃の無沙汰を詫び、相手の健康を気遣い、自分の家族(特に子や孫の成長ぶりをさりげなく)のこと、趣味のことなどを知らせ、最後に今後の交誼を願うという内容のものがほとんどです。年賀状はこれが常識ですし、もちろん嬉しく読ませていただき、昔の思い出にしばし浸りました。お正月の楽しみであります。

 

その点、筆者は間違いなく変わり者だと自覚しますが、影響を受けた方がいます。新入社員のときに最初にお世話になった課長でしたが、その方の年賀状は、そのときの日本の政治状況を憂い、思いの丈を葉書いっぱいに書いて、必ず最後に、「ごまめの歯ぎしりで恐縮でした・・・」とのひとことが添えられていました。(先方の体調がすぐれないとのことで、残念ながら最近は年賀状のやり取りはしていません。)そこで「ごまめの歯ぎしり」という言葉を教えられたのですが、これは「力のない者がいたずらにいきり立つこと」(広辞苑)をいいます。

 

(余談ですが、ごまめは「鱓」と書き、カタクチイワシの乾製品のこと。お節料理でお馴染みですが、「鱓」は古来、田植えの祝儀肴として用いられたので、「田作(たつくり)」とも呼ばれます。しかし、「鱓の魚交じり(ごまめのととまじり)」という言葉もあって、これは「つまらない者が不相応にすぐれた人の間に交じること」をいうそうです。お節では「昆布巻」に次いで筆者の好物であるごまめを雑魚と扱うとは到底許せません。)

 

考えてみれば、筆者の言行はまったく「ごまめの歯ぎしり」の域を出ないのですが、今年はその歯ぎしりの音を一段と大きくして、少しでも周りに聞こえるようにしたいと思います。少々迷惑がられたとしても、老人の特権だと思っていただくことにして・・・。

 

最後に、いただいた年賀状のなかの一言から・・・

 

「初鶏の明日明日や無尽蔵  榎並舎羅

 金も名誉もないけれど、正月には明日が無尽蔵にあるよ、と言っている。

 そう信じ込んで明るく過ごしたいですね。」

・・・明日が無尽蔵と思う歳ではなくなったけれど、気持ちはそうありたいです。

 

「ブルーリボンの活動ご苦労様です。自分達一族のために『社会主義』を名乗っているのに腹が立ちます。陰ながら応援しています。」

 ・・・ありがとうございます。N先輩。

 

「今ある憲法は、子供の頃には既に存在していました。先祖や人生の先輩からのプレゼントです。」

・・・ずっこけてしまいました。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

2016年12月31日 (土)

(248)横田ご夫妻様

今年も拉致被害者のみなさま誰ひとりも帰国は叶わず、政府は何ら有効な手だてさえ見つけられないまま、終わろうとしています。

 

「正論」新年号に掲載された早紀江さまの思いを拝読しました。

 

近頃は少し違う感覚に駆られることがあります。これは紛れもなく自分の人生なのだけれども、何だか自分とは別の人間がいて、その人の人生ドラマを見ているような感じがするんです。そのくらい今、自分が歩んでいる人生が、自分でも信じられなくなるような瞬間があるんです。

 

このくだりには、胸をつかれました。普通の人が人生において感じることの、

おそらく何万倍も、苦しみ、哀しんでこられた早紀江さまの胸の内を見る思いが

しました。

きっと肉親を奪われた多くの拉致被害者のご家族も、

本当にこんな人生ってあるのか、自分のこの生きている感覚は、

ひょっとして間違いではないか、家族そろって過ごしている人生があるのに、

自分だけ別のところにいるのではないか・・・そんな感じではないでしょうか。

 

40年も経つというのに、ご家族にこんな思いをさせている日本政府と国会の

無能、無策ぶりに怒りを通り越して哀しみさえ感じます。

 

このたびの安倍首相のハワイにおける「歴史的」ともいわれる演説のなかの、

「不戦の誓い」という言葉を、ご家族のみなさまはどう受け取られたでしょうか。

大切な子や肉親を捕われているというのに、祖国は取り戻す戦いさえ放棄するのかと。

数百人もの国民が拉致され、救い出せない国の指導者が、

このような美辞麗句を使うことに私は率直に怒りを感じました。

この人は、「世界のリーダー」となって長期政権を担うことしか考えていないのでは

ないかと。

 

私たちにできることはたかが知れています。今年一年、みんなで頑張っても、

署名数は1万余りです。

いくら署名を集めても為政者が動かないならば、来年は、ご家族のみなさまが

思っていらっしゃっても口にできないことを想像し、あえて代弁させていただき、

現内閣への強い批判と、与野党問わず良心ある国会議員への働きかけを

行っていこうと考えております。

 

少しご報告があります。先週、拉致問題対策本部から、私たちが提案していた、中高生の「拉致問題に関する作文コンクール」につき、加藤拉致担当大臣も「素晴らしいアイディア」と評価されて予算がついた、ついてはアニメ「めぐみ」を視聴した生徒から感想文を募って、来年12月の人権週間に優秀作品を表彰することになります、との連絡でした。

 

また、私たちが要望してきた舞台劇「めぐみへの誓いー奪還―」の大阪公演も218日に初めて実現することになりました。

 

これらのことが、少しでも拉致被害者のことを考える若い人を増やすことになればと願っています。

微力ですが、来年も大阪の地で頑張ってまいりますので、ご夫妻におかれましては、

どうかくれぐれもお身体をお厭いいただきますようお祈り申し上げます。

 

 

2016年12月24日 (土)

(247)歳末所感

今年もはや年の瀬となったが、年初に懸念した通りたいへんな一年となってしまった。申年が本当に「去る年」になり、身内3人を含め多くの別れがあった。一般的な「喪中」には当たらないが、公私にお世話になった方、親しい友や友の伴侶などを指折り数えると、今年は年中が喪中といってよく、年賀状を書く気が失せてしまい、身勝手ではあるが、欠礼することとした。

 

今年も北朝鮮に幽閉されている拉致被害者は、誰ひとりの帰国も叶わなかった。(これも年賀欠礼の大きな理由である。)拉致被害者家族に対して自らの言行不一致をものともしないで、「拉致被害者の救出は、私の内閣の使命だ」と強弁し続ける安倍首相の責任はまことに大きい。年末にはご家族に心からのお詫びを言ってほしい。

 

国民を救出できるのは日本政府だけである。なぜ政府は動かないか。安倍首相にその覚悟がないからだ。東京オリンピックまで首相でいたいと個人的な野心を持ってしまったとたんに、首相は拉致被害者を見捨てた。

 

政府を動かすのは国民の世論が足りないというひともいる。国民はすでに1,160万余の署名を届けている。まだ足りないというのか。憲法改正のように国民世論が分かれることなら署名がもっと必要となるかもしれないが、拉致被害者の救出は、右派も左派も区別なく、日本国民なら誰もが一日も早くと願っていることだ。

 

飯塚代表は集会で、拉致議連に属する200名の国会議員のなかでも、熱心なひとは一部に過ぎないと話された。ご家族の落胆はいかばかりか。ブルーリボンバッジを着けているだけの議員は、ブルーリボンバッジも議員バッジも一緒に外してもらいたい。できない理由を並べて動かない人間はさっさと身の非力を悟って辞めてもらいたい。

 

安倍さん以外に誰ができるのかという人もいるが、これも世論操作ではないか。拉致問題を政治課題から外し、メディアにも報道させない、国民の意識が下がり、ご家族が亡くなるのを待っている。安倍さん以外に人材はいないという世論を作りながら・・・それが国家権力の意向である。

 

「拉致被害者を救出するためには、今の憲法を改正しなければいけない」と国民に訴える者も、与野党問わず、いない。これがこの国の現実だ。拉致に遭った人たちは、交通事故に遭ったように運がなかったと諦めよとでもいうのか。

 

前回の「自衛隊幻想」の出版記念シンポジウムで、西村真悟氏から次のような指摘があった。

 

昭和52年、福田赳夫首相は、ダッカ空港での日本赤軍ハイジャック犯から1時間ごとに一人づつ人質を殺すと脅迫されて、「人命は地球より重い」と考え、犯人の要求に屈し、9人の服役囚を牢から釈放し、要求通りカネも払った。「超法規的措置」を実行したのだ。

その後の歴代総理大臣も、拉致被害者という人質の命がかかった「法規を超える決断」を迫られているのだと。

 

憲法改正まで待たなくてもよい。首相は「超法規的措置」で自衛隊を救出に向かわせる決断をすべきだ。その決断こそが、日本が本気になったと北朝鮮に思わせ、真の圧力となって国民を救出できるとの指摘である。首相が保身を優先させてはこの決断はできまい。

 

 

2016年12月16日 (金)

(246)「自衛隊幻想」を読む

拉致問題から日本の安全保障を考え、自衛隊をテーマに防衛問題を解明する好著である。

拉致問題の専門家である荒木和博氏、陸上自衛隊に特殊作戦群を創設した荒谷卓氏(平成20年退官)、海上自衛隊特別警備隊の創設メンバー伊藤祐晴氏(平成18年退官)の共著。

 

数百人(人数は不明)ともいわれる日本人が北朝鮮に拉致(侵略行為)されながら、この問題に自衛隊はまったく関与してこなかったし、政府も自衛隊自身も、今も関係づけて考えていないと書かれている。その証拠に、諸外国の情報機関も把握している我が「防衛白書」に、拉致の「ら」の字も書かれていないという。北朝鮮がなめてかかってくるのも当然か。

 

安倍首相自身、外務省の「対話と圧力」「行動対行動」という方針を唱えていれば拉致被害者を救出できると本気で思っているのだろうか?彼は世に好戦的なタカ派といわれているが、鷹に失礼ではないか。いくら首相が各国指導者に、北朝鮮の無法と問題解決への協力を訴えても、「おたくの防衛白書を読ませてもらったが、自国民を助けたいと考えているとは思えないよ」とバカにされているだろう。

 

もし、北朝鮮で体制崩壊が起こったとして、政府から拉致被害者の救出を命じられたとしても、今の状況ではまったく自衛隊は対応できないという。50年ほど前に「三矢研究」と呼ばれた自衛隊内の図上作戦演習が問題になって以降、自衛隊内では法律で明確に規定されたもの以外は、「検討もしてはいけない」ことになっているそうだ。

 

よって本書には、著者たちが行った被害者救出について、二通りのシミュレーションが掲載されている。一つは現法制下で行える「邦人輸送」、もう一つは憲法改正(軍隊を保有し、交戦権もあると改正)を前提とした救出作戦。憲法改正には相当な時間が要するため、実現性では前者が勝るが、政府が決断すれば一部の被害者の救出は可能だと書かれている。いずれの作戦も興味深い内容である。

 

伊藤氏は、問題のすべては日本に国家・国民を守りぬくという「国家の理念」がないことだという。指導者が拉致被害者を救い出すという明確な意思を持たないから、自衛隊は動きようがないと。

 

荒谷氏は、平成9年の「アルバニア暴動」でドイツが戦後初めて自国の判断で軍事作戦をとったときのことを書いている。それまでドイツは、NATOの中だけしか軍事力は使わないと憲法に規定していたが、冷戦が終わったこのときから、自国の安全保障は自国で担保しない限り対応できないと方針を変更した。それに引き替え日本は、冷戦が終わったのだから平和になる、日米安保は永遠だと判断してしまった。彼我の差は大きいと。

 

拉致被害者のことは見て見ぬふりをしてきた日本。自衛隊は災害出動だけでよいと考える、決して少なくない数の国民。「専守防衛」というまやかしの美名に酔って、問題と具体策を国民に提示してこなかった指導者や政治家たち。日本は未曽有の危機にあるのだ。

 

荒木氏は、戦後日本で無視されてきた国民の「国防の義務」に触れ、「国防は誰かにやってもらえばよい」としてきたことが、周辺諸国とは比べものにならない脆弱な国にし、拉致被害者を生んでしまった。国民の意識が変わらない限り、国民を守れないと指摘している。

防衛の現場を知る専門家による本書は多くの国民の心に響くはずだ。

 

 

 

2016年12月 5日 (月)

(245)聖(さとし)の青春

将棋と言えば、小学生の頃、兄が駒の動かし方を教えてくれたが、13も歳が違えば歯が立たず何度やっても負け続け、結局、自分は頭も悪いし、勝負事にも向いていないと思い決めた。よって将棋、囲碁という一対一の勝負事について、書くこともないし、資格もない。

 

が、しかし、封切り中の「聖(さとし)の青春」という映画を観たら、そうもいかなくなった。将棋という過酷な世界に生きる人たちと、夭折した棋士村山聖と現在の第一人者羽生善治の勝負師としての闘い、崇高な友情、を知ったから。

 

広島で村山が昭和44年に生まれた翌年、埼玉で羽生が誕生した。のちに「羽生世代」と呼ばれる有能な棋士たちが何人も生まれている。しかし村山は、わずか5歳で腎臓ネフローゼを発症してしまう。入院生活で父が与えた将棋と出会うが、外出も限られるためもっぱら将棋本を読みこむことで棋力を向上させていったという。そして7歳でアマ三段の大人を負かすようになる。

 

故郷の広島では向かうところ敵なしとなったころ、谷川浩司が史上最年少で名人位を獲得したと知って、谷川を倒して名人になるという目標を立てた。ときに13歳。身体を心配する家族を説得して大阪に出て森信雄四段と出会う。村山の才能に驚いた森は自分のことはさておいても物心両面で最後まで村山の面倒を見た。この頃、羽生も頭角を現し、小学生名人となっている。

 

羽生は16歳で、村山も奇跡的な昇段を果たして17歳で同じ年にプロ棋士となる。二人は五段昇段も一緒で「東の羽生、西の村山」と並び称される。以降羽生との直接対局は13回。村山の67敗であるが、特に最後のNHK杯では九分九厘勝利を手中にしていたが、最後に信じられないミスをし羽生にタイトルを譲ってしまった。体調の差を考えれば二人は互角の力を持っていたといわれる。

 

しかし、5歳から病魔に取りつかれた体に膀胱ガンが追い打ちをかける。手術しなければ治らないが、手術してもし将棋が指せなくなっては人生の目標が達成できない。思い悩んだ末、手術に踏み切るが、回復は叶わずついに29歳で亡くなった。八段の村山には、将棋界における功績から異例の九段を追贈された。

 

村山は、十代の頃、「名人になって早く将棋を止めたい」と語っていたという。大きな一つの目標が彼を支えていたのだ。亡くなる年の「将棋年鑑」に、それまで頑なに断ってきたアンケートに初めて答えて、今年の目標を、生きる、と書いた。その思いは想像するにあまりある。

 

羽生は村山が亡くなったあと、「攻めが鋭くて、勝負勘が冴えた将棋。もし健康ならタイトルをいくつかとったことだろう」とその死を悼んだ。映画のハイライトは、村山が羽生を破った一戦のあと、羽生を呑みに誘い、二人だけで酒を酌み交わすシーンであるが、将棋の深淵を知った二人にしか通じない会話がなんとも素晴らしい。

 

道端で倒れ込み「(対局まで)時間がない」とつぶやく村山を、見ず知らずの通行人がタクシーに乗せて将棋会館の対局場に送り届ける場面から映画は始まるのだが、彼を支えた大阪の市井の人たちの存在にも心打つものがあった。どちらが師匠かわからないと周りから揶揄されても、彼を支え続けた森信雄現七段。

 

誰の人生も生きる闘いであるが、多くの人から助けられてもいくものだ。短い生涯を運命づけられながらも、不屈の精神で生き抜いた村山聖には、最高のライバル羽生をはじめ多くの仲間や人々がいた。いや、それらの人々を彼自身が招き寄せたのだ、と思う。

 

メガホンをとった森義隆監督は、「29歳で亡くなったことを当初はとても無念だったろうなと思っていたが、撮影中に実はそうじゃなかったのではないかと考え直しました。濃密で幸せな人生だったはずだと・・・」(産経夕刊)と語っているが、この映画を観て人生の意味をあらためて深く考えさせられた。

 

村山を演じた松山ケンイチは、20キロも体重を増やして役作りをしたというが、渾身の演技に圧倒された。名優への道を歩む一作となったような気がする。今年観た映画(わずかな本数ではあるが)のなかでは最高作であった。

 

 

2016年11月24日 (木)

(244)独裁者が愛した映画

「将軍様、あなたのために映画を撮ります」という不思議なタイトルの映画を観た。

北朝鮮の二代目独裁者の金正日が、韓国の著名な映画監督とスター女優を拉致して映画を撮らせた顛末をドキュメンタリーにまとめた映画であるが、この映画を作ったのはイギリス人。そういえば横田めぐみさんのドキュメンタリー映画を作ったのもアメリカ人とカナダ人であったが、人権問題について敏感なのは、やはり欧米なのかと考えさせられる。

 

制作ノートにはこう書いてある。

「この話をいつ知ったのかは思い出せない。長い間、空想の中にある、どこかの寓話作家がでっち上げた、出典の怪しい物語だと思っていた。」

「映画監督と女優が、映画の品質向上のために残虐な独裁者に誘拐されるなんて。」

 

そう、独裁者は映画狂であった。かの国で一番たくさんの映画を観ていた人物といわれ、自らの思いを「映画芸術論」という本にまとめた(まとめさせた?)くらいである。「ゴジラ」や「男はつらいよ」のファンだったともいわれているそうな。国内の映画製作者が、独裁者に媚びるような作品しか作れないのが不満で、韓国の一流監督と女優の拉致を命じたというのだ。

 

北朝鮮に拘留されている3年間に、17本の映画を作った監督申相玉は10年前に亡くなっているが、女優崔銀姫は生きている。今年88歳。イギリス人監督は、2年かけ、不審と不安をいだく女優とその家族をくどき落として映画を作った。

 

女優や家族の回想、関係者へのインタビュー、当時の映像、17本の映画の場面などを編集して作られているが、何と言っても、いつかこうした映画が作られる日が来ると予感していたのか、申監督自身が北朝鮮での録音テープを残していた。何と金正日との会話も。監督は日本に留学していたことがあり、日本語でしゃべっている。自分の体験を信じてもらうために、親しい日本の友人に語ろうとしたのか、あるいは自らの防衛のための日本語だったのか。

 

自国や自分に必要な人材は、手っ取り早く外国から拉致してくるという、とんでもない北朝鮮の拉致犯罪の意図を世界中に暴露する貴重な映画が作られた。

 

制作ノートにはこうも綴られている。

「北朝鮮自体が金一族の、異様で、虚栄に満ちた幻想の延長線上にあり、そこで人々は死の恐怖におびえながら、与えられた役を演じなければならないという、映画のような国なのです。」と。

 

 

 

2016年11月11日 (金)

(243)トランプ大統領の誕生

アメリカの次期大統領に、大方の予想を覆し、共和党のドナルド・トランプ氏が当選した。粗暴な人物印象と、過激な発言ゆえに、当の共和党重鎮たちからもそっぽを向かれ、これまで共和党支持のメディアのほとんども今回は民主党のヒラリー・クリントン氏を支持するという、まさに異常な選挙戦だった。結果、全米の得票総数では、クリントンがおよそ40万票差で勝っているのだが、合「州」国であるアメリカ独特の選挙制度で、州ごとの獲得代議員数でトランプ氏が大差をつけた。

 

思い返せばヘンなことがあった。7月に訴追なしで決着がついたはずの、クリントン氏のメール問題(国務長官時代、公務に私用メールを使っていた)を、投票日のわずか11日前に、FBI長官が再捜査すると発表した。新たに発見された65万通のメールの調査をするとしたのだが、投票日の3日前になって、大量のメールを「休みなく」調べた結果、7月に出した結論どおり、やはり訴追しないとした。トランプ氏が、65万通を8日間でチェックできるものか!と毒づいていたが、これはいったい何だったのだろう。選挙中にこんなことが許されるのか・・・。

 

この件が選挙終盤、クリントン氏にダメージを与えたことは明らかだろう。78%引き離していた支持率が一挙に12%に縮まったのだから。選挙後、全米で「反トランプ」のデモが行われているのも、一発逆転の世論操作をしたもの(こと?)への反発もあるのではなかろうか。クリントン氏自身、よほど悔しかったのだろう、敗北を認めるのに時間がかかったし、出てきたときの表情も単に疲れ切っただけではない印象だった。今回はトランプ氏を勝たせる必要があり、アメリカという国を「操作」した勢力の存在を認めることは恐ろしいことだが、世界中で戦争がなくならないのを見ればありうることだと思われる。

 

今年6月のイギリスでのEU残留の可否を問う国民投票も、蓋をあければ意外な「離脱」という選択肢だったが、今回の大統領選挙と共通するのは、経済格差の広がりの中で、他国との協調よりも、移民を排斥し、自国民を守ろうとする内向きの傾向だ。ひいては国際的な相互不信が顕著となっていくと、いずれは世界規模の戦争が起こらないとも限らない。

国際的には第2次大戦後最大の危機的状況を迎えたのだと思う。

 

「北朝鮮が核を持ったのなら、日本も持てばいいじゃないか」、「自分の国は自分で守れ。米軍に頼りたいなら、それ相応のカネを出せ」と主張するトランプ氏が政権につけば日米同盟においては具体的にどんなことが起こるのか。憲法9条を頑なに守り、自衛隊は軍隊ではないとする姑息な思考方法ではこれから通用しなくなる。アメリカから突き放されて、日本国民が自前の国防を考えるようになれば、トランプ氏の登場は悪いことではない。「自眠党」と「眠寝党」をいったん叩き潰して、真の平成維新を成し遂げられるか、日本の力量が試される時代に入ったことだけは間違いないと思われる。

 

 

 

2016年11月 3日 (木)

(242)日本シリーズ

今年のプロ野球は、わが阪神タイガースの不振もあって、ほとんど見なかったが、クライマックスシリーズと日本シリーズは、時間が許す限りテレビ観戦した。にわか日本ハムファンとなったのである。米メジャーからも熱い視線が注がれる二刀流・大谷翔平のずば抜けた才能と、苦労人の栗山英樹監督の冷静かつ人情味ある采配を楽しんだ。

 

まず、大谷翔平。投手と打者の二刀流は、昔は関根潤三など何人かいたらしいが、最近のプロ野球ではまずお目にかかれない。大谷の今年の成績は、投手として140回を投げ、104敗、防御率1.86、打者としては322打席に立ち、打率322厘、本塁打22本という、いずれも超一流の成績だ。球速は日本記録を何度も塗り替え日本シリーズでも165kmhの最速を記録した。二刀流のいずれを観ていても彼が登場するたびに何を見せてくれるかという楽しみがある。今後どんな野球人生を歩むのか、目が離せない。

 

栗山監督は異色の経歴を持つ。野球少年だったがいったんは教職を目指し国立の東京学芸大学に入学。しかし、野球への思いは捨てきれず、プロに挑戦。ヤクルトスワローズにドラフト外での入団を果たす。入団3年目には外野手として一軍定着、6年目にはゴールデングラブ賞を受賞するなど、一流となるも過度の練習がたたったのか、メニエール病にかかり7年で現役引退。その後は解説者やスポーツキャスターのかたわら、白鴎大学教授(経営学部・スポーツメディア論)にも就任するという、とにかく努力家なのだ。大学教授のプロ野球監督はもちろん日本初めて。

 

広島カープとの日本シリーズは、第1戦で大谷が打たれ、第2戦も落としたが、第3戦からは本拠地北海道で3連勝し、余勢をかって広島での第6戦にも勝利し、日本一となった。

もともと大谷の二刀流は栗山監督だから実現できたのだろうし、日本シリーズでの大谷起用法は実に面白く、納得いくものでもあった。

 

ペナントレース中から、日替わりでオーダーを変えることを厭わなかったそうだが、短期決戦でも思い切った選手起用を行っていた。選手たちもそれぞれが個性を発揮して勝利に貢献した。理と情の両面を栗山は併せ持っている。一歩間違えば非難の嵐となるかもしれないところで、大胆な采配を振る。インタビューのときの謙虚さとは別人のようだ。

6戦目、大差の勝利が確実となった9回、ファンサービスで大谷登板も予想されたが、栗山は、抑え投手を欠いた今シリーズ、地味ながら中継ぎ、抑えと頑張った谷元を胴上げ投手に指名した。選手の気持ちを掌握している監督ならではの起用だった。

 

おめでとう!日本ハムファイターズ。

 

2016年10月25日 (火)

(241)「苦海浄土」を読む

235回のブログで紹介した石牟礼道子さんの著書「苦海浄土 わが水俣病」を、呻吟しながらようやく読み終えた。水俣病の悲劇がどういう実相を伴っていたかをはじめて知った。

 

病気は最初、緩徐に発病する。四肢末端のじんじんする感覚から、物が握れない、ボタンがかけられない、歩くとつまずく、走れない、甘ったれたような言葉になる、視野狭窄により目が見えにくい、耳が遠くなる、食物が呑み込みにくい。これらの症状が前後して表れる。(大方はこの頃入院する。)言語障碍、運動障碍(痙攣性失調歩行)が急激に進行し、泣いたり笑ったりの精神障碍が現われ、犬吠え様の叫び声を発し狂躁状態となる。ほどなく発熱、意識混濁、顔貌無欲状となり尿失禁。全身衰弱し死に至る。

 

水俣病は、日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場の工場廃水に含まれていたメチル水銀(アセトアルデヒド製造過程で触媒として使われる)が食物連鎖を経て人間の体内に入り、脳の中枢神経が破壊されていく病気。個人差はあるが、上記の経過をたどり2か月程度で死に至る例も多くある。4大公害病の一つであるが、海を汚染したその規模、悲惨さにおいては最大のものといってよいのではないか。

 

昭和7年、日本窒素肥料が、アセトアルデヒドの生産開始。水俣湾に廃水を流す。

昭和28年ごろ、水俣湾周辺で多数のネコの狂死・カラスの不審死。

昭和31年、患者発生の届け出。水俣病公式確認。

昭和33年、会社は排水路を湾外の流路に変更。汚染地域が不知火海全域に拡大。

昭和34年、熊本大学研究班が病因を有機水銀と発表。

昭和43年、チッソがアセトアルデヒドの生産を中止。国が公害病と認定。

 

病気の症状もさることながら、当初は原因不明のため「奇病」といわれ、患者の出た家はあらぬ噂を立てられて周囲からの差別に遭い、家庭自体が崩壊する事例も珍しくなかったという。

 

「苦海浄土」に登場する主人公たちを見る石牟礼道子さんのまなざしは、たとえば以下のようであるが、どのページを読んでもぐいぐい迫ってくるものがある。こんな本はそうそうお目にかかれない。

 

(釜鶴松に)

そして、くだんの有機水銀とその他“有機水銀説の側面的資料”となったさまざまの毒重金属類を、水俣湾にこの時期もなお流し続けている新日本窒素水俣工場が彼の前に名乗り出ぬかぎり、病室の前を横ぎる健康者、第三者、つまり彼以外の、人間のはしくれに連なるもの、つまりわたくしも、告発をこめた彼のまなざしの前に立たねばならないのであった。

安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば、生者たちの欺瞞のために使われる。このとき釜鶴松の死につつあったまなざしは、まさに魂魄この世にとどまり、決して安らかになど往生しきれぬまなざしであったのである。

 

(坂上ゆきに)

人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ばこいで二丁櫓で。漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。

うちはぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる。

 

便利さを求め続ける人間がいて、その欲求にこたえる企業がいて、その企業を守ろうとする権力があって、こうした悲劇が生まれる。便利さを求める我々にも責任の一端はある。しかし、企業と権力が初期の段階で、いのちにかかわる事の重大さに敏感であり、より誠実に対処すればこれだけ多くの被害者を生むことはなかったのではないか。患者発生の年から12年もチッソは生産を中止しなかったのだから。

 

不知火海の魚を食べたというだけで、何の罪もない人間が、これほどまでに残酷な目に遭わなければならないのか、と考えるとき、私はやはり横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者のことを思わずにはいられなかった。どちらも一方に、加害者としての人間が存在する。そしてその加害者側に権力がついて、容易に真相を明らかにしないばかりか、事実さえ隠そうとする、同じ構造。嗚呼。

 

 

2016年10月10日 (月)

(240)「府民の集い」を終えて

108日、半年かけて準備してきた「大阪府民の集い&御堂筋大行進」が無事終わった。

集会には約400人、行進には約200人が参加してくださった。欲を言えばきりがない。今の時期にしては良く集まってくれたと思うことにする。

前日まで雨の予報が出ていて心配した行進も、急きょ用意した雨合羽が不要となり、約3km200人の行進は整然と行われた。天も味方してくれた、が実感だった。

 

山口采希さんと若いミュージシャン3人のオープニング・コンサート。今年25歳になった采希さんの成長は見事で、歌も語りも格段に落ち着いてうまくなった。若いということはやはり素晴らしい。この日に合わせて作ってくれた新曲「願いの色、灯りをともせば」も初演された。この曲は、日本中、みんなで歌ってほしい、だから作詞・作曲に私の名前は不要です、と。

 

(余談だが、家族会の飯塚代表と話をしていたら、彼女から「空と海の向こう」のCD売り上げ収益が家族会に寄付されているが、その額は100万円近いと聞いた。彼女自身は今もアルバイトをしながら、歌い続けているというのに。政治資金のわずかな額の領収書をねつ造している政治家たちに、彼女の志を学べ、といいたい。)

 

高世仁さんの講演も、当初から拉致被害者に寄り添ってきたから語れる内容で、好評だった。会場を刺激し続ける青山さんとは違い、パワーポイントを使い、丁寧な説明をしてくださった。なかでも北朝鮮国内をグーグルアースで映し出し、今も招待所が存在することを厳然と示してくださったのには私も驚いた。ここにめぐみさんが、八重子さんがいるはずと。

 

この事実を大切にすることこそジャーナリストの神髄であると感じた。会場にも拉致の現実が伝わったと思う。高世さん自身は、あれも話したい、これも・・・となって、時間配分がうまくいかず申し訳ないと謙虚に反省されていたが、人柄ははやり人を引き付けるのだ。これからもぜひおつきあいさせてほしいとお願いした。

 

飯塚耕一郎さんの、1歳で母が拉致された、私には母の実感がない、いまも田口八重子さんとしか呼べないのです、というお話を生で聴いた会場では、多くの人が涙した。彼も39歳になり、母は61歳になる。拉致は悲惨な家族を生むが、飯塚さんのケースは特別だと思う。耕一郎さんは、私を育ててくれた養母にも安心してもらいたいから、母を返してほしいと訴えている。自分がどうこうではなく、二人の母を思う気持ちが彼の支えとなっていることを知り、私も胸を打たれた。

 

耕一郎さんの養父であり、八重子さんの兄である繁雄さんは、妹が帰ってくるときのために少しでも蓄えをと、78歳の今も現役の会社役員で働いておられる。家族会代表の活動で、本職は週の半分しか働けないとのことだが、両方の仕事をこなすことは大変に違いない。休みもほとんどないはず。誠実なお人柄だから、私心を忘れて尽くされているのだ。

 

日本政府よ。安倍首相よ。本気で拉致被害者を取り返せ!

心の底からそう思い、御堂筋で、仲間たちとともに声を上げた。

 

終わってから懇親会を開き、お二人と初めて飲み、話した。この日を準備した20人近い若い仲間たちも一緒に。お二人も大阪の空気を感じてくださったに違いない。非常に疲れたが、貴重な一日だった。

 

 

 

2016年9月26日 (月)

(239)なら国際映画祭クロージング

2年に一度という貴重な機会なのに、また今年は初めて6日間へと会期が延長されたのに、何かと都合がつかず、台風が来たりで、結局、最終日のクロージングに辛うじて駆けつけるというありさまで本当に残念なことであった。

 

今年の第4回は、奈良市の支援が打ち切られたりして一時は開催が危ぶまれたが、民間スポンサーの援助などで計画通り6日間開催にこぎつけた。期間中、天候にも恵まれず、実行委員会の人たちの苦労は最後まで相当なものだったようで、クロージング・セレモニーでは、司会者も、あいさつに立った主催者も感極まって涙をこらえることができなかった。

 

エグゼクティブ・ディレクターの河瀨直美さんは、雨になった「星空上映会」で、鉄腕アトムが“奈良の空に飛んだ”様子や、「春日大社奉納上映」、「自転車発電上映会」などで感じたことを、さすが冷静に報告し、累計参加者が3万人を越え、着実に映画祭が定着し内容も充実していると話された。ご同慶の至りである。

 

今回からあらたなプロジェクト「ROAD TO CANNES」がスタート。若手映画作家がカンヌ映画祭へとはばたく仕掛けを始めたが、映画祭のクロージング上映作品に、今年のカンヌ映画祭「ある視点部門」で、グランプリに次ぐ審査員賞を受けた深田晃司監督の「淵に立つ」が選ばれ、10月の全国ロードショーに先駆けて上映された。

 

結局観た映画は、深田監督と主演女優の筒井真理子さんのトーク付きの、この1本だけとなってしまったが、秀作だったと思う。平凡な家庭にひとりの男がやってきて起こる、最初はさざ波のような変化が、次第にそれぞれの人間の心をえぐりはじめ、ついには大きな事件を引き起こしていく。

 

この映画は監督の創作だそうだが、決して普遍的ではない内容なのに、不思議に現実感をもって描かれていく。脚本を書く前にキャストの構想は決まっていたと監督が語っていたが、特に主演の浅野忠信については、この人しかないと思わせるキャラクターと演技だ。

ラストは観る者に如何ようにも考えさせる。監督自身「見る人によって、いろいろなとらえ方ができる映画なので、夫婦や家族など、一緒に行った人と話し合って、議論したり、喧嘩したりしてもらえたら嬉しい」と語っている。

 

映画祭のグランプリ「ゴールデンSHIKA(鹿)賞」は、イランの女性、アイダ・パナハンデ監督の「ナヒード」に贈られた。観たかったなぁ。2年後は、もっと計画的に参加するようにしなければ・・・。

 

 

2016年9月18日 (日)

(238)めぐみさんと「君が代」

昨日917日、東京で開催された国民大集会に参加した。毎年恒例行事にように、首相をはじめ、議員、被害者家族、支援者などが次々と発言するが、拉致被害者は、14年前のちょうどこの日、5人が帰国して以降、誰一人帰らないばかりか、安否さえも不明である。

 

「拉致問題解決に対する私の思いはいささかも揺るぎない」と、用意した文面を読み終えてさっさと退席してしまった(「首相動静」では、公明党の党大会に向かった由)安倍首相に以下の横田早紀江さんの訴えを直接聴いてほしかった。私は深く感動した。ご主人が体調不良で欠席された今日、早紀江さんの魂の言葉はますます深いものになっていると感じ、涙がこぼれた。

 

なかなか拉致問題は解決しないなかですが、人は生き、老い、病を与えられ死に至る・・・私は誰もが避けられない、生・老・病・死の4文字をこのごろ思います。これは人に与えられた、みんなに公平に与えられた当然のことで、誰もがそうなっていくことを示していますけれども、拉致ということは、平和を享受しながら生きていた普通の人が、かの国の策略による指令によって、工作員が入り込んできて、何の罪もない人が、普通の生活から、まったく違った世界に押し込まれてしまったということであり、そしてそれを助けることができない。国家として大きな犯罪を犯している国に対して、何ということをするんだ!という怒りようがない、本当にそんなことでいいんでしょうかと、私はそう思い続けております。

 

金賢姫さんとお会いしたとき、彼女が話してくれました。「めぐみちゃんが住んでいるという招待所に他の人と遊びに行ったことがあります。あまりにもみんな無口で話がないので、何か歌でも歌いましょう、ということになったとき、めぐみちゃんが歌ってくれました。それは『君が代』でした」とおっしゃったのです。

 

本当にあの子はいろんな歌を歌っておりました。あの子がいなくなってから、新潟の流しのところで、ごはんを作りながら、あの子が歌っていた歌を毎日、いろんな歌を歌いました。「赤とんぼ」や「ふるさと」など、大きな声で歌いながら、涙を流して倒れこむように下に沈んで泣いていたこともありましたけれども、いろんな歌を知っていたあの子が、そんななかで「君が代」を歌った、何といういろんな思いを持ってこれを歌ったのだろうかとそのとき思いました。「私は日本人なんだ」「私は日本に帰りたいんだ」「“君が代”で育った人間なんだ」と、一生懸命に思って歌ったのではないかと思っています。

 

ものすごく深いこの拉致問題、人の心の奥の奥の、奥の底までえぐり出すような、ひとりひとりの心を揺さぶるような大きな問題が日本の国のなかに起きているんです。それが40年近く経ってもまだ助けてあげることができない。

 

子どもが生まれ、ひ孫が生まれ、それはありがたいことなんですけれど、たくさんの人が、お父さん、お母さん、帰るまで生きていてちょうだい、必ず帰るようにしてください、と、いま曽我(ひとみ)さんが(北朝鮮で)月や星を見ながら(帰りたいと思っていた)とおっしゃったように、私たちも涙を流していましたが、その人間の、深い魂の根底にある問題がないがしろにされているということが、この日本という国家の哀しみなのです。

 

どうか命がけで闘ってくださる方、そしてこのように、何十年経っても応援して、このことのために力を尽くしてくださる方、そのような方が増えれば増えるほど、日本国家のすばらしさが、何にも言わなくても北朝鮮にそれは伝わっていきますし、いろんな国ににもそれは伝わっていくと思っております。

 

どこで倒れるかということを心配になってきた昨今ですけれど、倒れるまで私は日本の国の思いを、日本人としての思いを絶対に捨てないで頑張ってまいります。どうかよろしくご支援ください。ありがとうございます。

 

めぐみさんと「君が代」・・・その話を聴いた早紀江さんの娘への思いと日本への思い。

早紀江さんとめぐみさんがいてくださって、私たちは拉致問題の大きさを教えられている。多くの日本人に知ってもらいたいし、日本政府も口先だけでご家族を慰撫するのではなく、ご家族の思い、私たち日本人の思いを、本気で受け止め、大きな転換を図ってほしい。

 

 

 

2016年9月13日 (火)

(237)ささやかな闘い

999時(日本時間9時半)に、北朝鮮が5回目の核実験を強行した。今年2回目で過去最大の爆発規模と伝えられる。お坊ちゃまの火遊びと、馬鹿にしてはいられない軍事水準に至ったとみられ、日米韓は大慌ての様子である。

 

わが安倍首相は、「絶対に容認できない」と口にはするが、では日本はどう対応するか、が見えてこない。自衛隊へ「常時、(ミサイルへの)破壊措置命令」を出したが、識者の見方では、もし移動する潜水艦からミサイルを発射されたら、撃ち落とすことなど不可能らしい。

 

結局具体策などなく、官房長官の話を聴いても、「日米韓との密接な連携」、「あらゆる事態に備え、万全を期す」、首相は「安保法制を実行に移し、国際貢献をやっていく」などと宣う。隔靴掻痒な発言ばかり。イザとなったらアメリカに助けてもらえるよう、少しでも点数を稼いでおこう、という魂胆だろうが、(根拠がなくても)首相が「日本人は私が必ず守る!」と言い切るほうが、むしろ中朝には不気味に思えるはずであるが・・・。

 

9.11同時多発テロから15年の式典で、米大統領候補者クリントンが、気分が悪くなり周りに抱えられて途中退場する様子をTVが何度も放映している。俄然、対抗馬のトランプが劣勢を逆転する可能性が出てきた。米国の利益優先で、同盟国を守る義務感の薄い大統領の誕生となれば、どうなるのか。

 

安倍首相はじめ日本の政治家に、国を、国民を、守る意思と度量はありや?

 

国民のできるささやかな闘いとして、先日、国会の衆参拉致問題特別委員会所属の議員たち45名に、いまのやり方で拉致被害者を助け出せると思うかと、問いただすアンケートを送ったが、さて与野党議員それぞれどんな回答をしてくるだろう?(あるいは無視か)

 

その議員先生たちは、先週、鹿児島・吹上浜の増元るみ子さんたちの拉致現場の視察をしていたそうだ。今ごろになって(税金を使って)現場視察ですか?と嫌味のひとつも言いたくなる。もはや拉致被害者の救出はあきらめたので、今後、拉致されないための方策でも考えようと思っているのかと勘繰りたくなる。

 

政府、国会に対して、(メディアに対しても「拉致問題を忘れるな」という)ささやかな闘いを続けていくしかない。

 

 

2016年9月 3日 (土)

(236)72歳となる。

72回目の誕生日。母が亡くなった歳に、ついに並んだということに感慨を覚える。母は同じ申年なのである。つい最近、自分が48歳の申年のときに、父が亡くなった(享年89歳)ことに気がついた。今年は、母をさんざ痛めつけた(当然母の立場からの見方であるが)相手の兄嫁が突然亡くなった。申年には、ほかにも人生の転機となったことがあり、干支というものが持つ不思議さを思う。(今年もし、元気で過ごせたら、あと12年は大丈夫なのかな?)

 

馬齢を重ねてくると、人生への執着は加速度的に減ってくる(もちろん人それぞれだろうが)。行く末と来し方を、生きる環境で比較すると、行く末は断然期待できない、と思う。若い人には申し訳ないが、人間あるいは人類にとって、ますます息苦しいものになっていく。このことは毎度書いてきたことなので控えておくが、つい「いつ迎えが来てもOKだから」と口に出しては、家人に窘められている。

 

誰もが明日をも知れぬ、予想がつかない人生を生きているのだから、結局「命が続く間の長さ」つまり「寿命」にゆだねるしかない。その寿命をどう生き切るか、である。

 

Hくんが、この6月に書き送ってきたこと・・・。

 

巷に溢れる情報は99.9%は生きている人のためのもので、死にゆく人のためのものは、ほぼ皆無と言って良いのではないでしょうか。人生いかに生きるべきか、人生を成功させるためには、人生の楽しみ方等はあっても、死に方について、誰も何も教育してくれませんでしたね。と言うより、誰も何も知らない。

 

死を目前にした彼のこの言葉を読んで、そのときは当惑した。彼がどんな思いでこう書いてきたか、想像すると安易な返事は憚られた。死に方は自分で考えるしかない、自分の寿命を生き切るその直後に死があるのだから。生き物は何も知らないで生まれ、死ぬのだから、と返すべきだったかもしれないが、死を待つ彼にそうは言えなかった。

 

世に悲運の最期は数あれど、13歳にして拉致被害者となっためぐみさんの帰国が叶わず、かの地で亡くなったとしたら、こんなに悔しく哀しいものはない。日本政府は、その事実を知りながら、何の知恵も力もなく放置し続けている。このことはどうしても許せない。この理不尽を世に訴えつづけるために、これまでもやってきたし、誕生日の今日は、朝から仲間と「大阪府民の集い」の準備をした。72年の人生をかけて、政府に国会に問題提起を続けていく・・・これが「生き切る」ことになるのかもしれない。

 

 

2016年8月29日 (月)

(235)「日本という国はない」

現在準備中の「拉致被害者救出・大阪府民の集い」で講演してくださる高世仁さんのブログのタイトルは、「諸悪莫作(しょあくまくさ)」である。「もろもろの悪行をしてはいけない」という意の仏語(日本国語大辞典)であるが、首相をはじめ政治家、官僚の方々には、この言葉を特に座右に置いていただきたい。

 

氏のブログ「水俣が国のかたちとなった」で、長らく水俣病患者とともに生きてきた熊本出身の作家、石牟礼道子さんの言葉が紹介されていた。

 

患者たちと東京によく行った。患者は「日本という国はなかった」と言う。「東京まで行っても、日本という国は、どこにあるかわからなかった。日本という国は人がつくってくれるのではない。自分たちでつくらないと、ない」

 

この一節を読んで、横田早紀江さんが、7月の集会で、「80歳になりました。半分の人生が別離と苦しみと悲しみの中、日本の国はどうなっているのだろうと、本当にこの頃思います。」と話されたことを思い出した。早紀江さんの思いは、水俣の患者の思いと同じと言ってよいと思う。

 

水俣の患者は、毎日の食事で水銀入りの魚を食べて病気を発症した。被害者に何の罪もないことは拉致被害者と同じ。国は水俣病の患者としての認定基準を厳しくし、認定を拒む。これもまた拉致認定を増やさないのと同じ。さらに水銀を垂れ流していたチッソを救済するためには多額の国家予算を投入。これに見合うのが破綻した朝鮮信用組合への1.4兆円に上る公的資金の補填(ほかにもあるが)・・・あまりに構図が似ていると思う。

 

国民を助けるのではなく、諸悪の根源である企業や朝鮮総連の救済を画策し、被害者に「日本という国はなかった」と言わせるような政治家と官僚が支配する日本は、国家とは呼べない。

 

水俣の患者、杉本栄子さんは、「私たちは許すことにした。日本という国も、チッソも、差別した人も許す。許さないと、苦しくてたまらない。みんなの代わりに私たちが病んでいる。許す。でも生きたい」と言って亡くなったという。

 

北朝鮮で救出を待つ人たちに、杉本さんと同じことを言わせてはいけない。

 

石牟礼道子さんは、「きょうも無事に生きた。あしたも、きょうくらいに生きられればいいと思う人たち、特別出世したいと考えもしない人が、この世にはたくさんいる。普通に生きている人たちの行く末、普通に生きることは大事なこと」と語る。

 

(「普通に生きる」ことが難しい)「国のかたち」は早く葬りさらねばならない、と高世さんも綴っておられる。まったくそのとおりである。

 

 

 

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